5月、天気と気温とネコと気分

メンタル・イデア・ラボ、AEのスミです。

今月も30日になってしまいました。個人的に例年になく5月はパッとしない天気と気温だったな、と思っています。

週末は決まって雨だったり、気温の差も激しく3月並みの日もありました。エルニーニョ現象が原因とも聞きますが、長袖や上着を手放せない5月でした。今週も雨が多いようです。

SNSを覗けば、紫陽花を撮った写真を投稿している人もいて、「もう紫陽花が咲いてるの!?」と思ったものです。なんだか調子が狂うというか、季節が1ヶ月ほど前倒しになっている気分になりました。

5月は五月晴れという言葉があるように、湿気もなくスカッと晴れた清々しい日が多いイメージがあっただけに、らしくない5月だったなという印象です。おまけに気温も低めだったので、イマイチ外出する気分にもなれませんでした。

3月下旬に飼っているネコがちょっと体調を崩して以来、現在も掛かりつけの動物病院のお世話になっています。5月だけで二度も採血し、その結果、ある数値に異常値があったため薬を処方してもらいました。今は正常値に戻り、ひとまず安心しているところです。

とはいえ、ネコはもう18歳。人間で言えば88歳に相当するらしいので、多少の不調が出るのが自然の摂理なら仕方ないことなのかなと思っています。今は完治というより(もちろん完治がベスト)、いわゆる健康寿命をいかに延ばせるか、できることはやろうと思っています。

思えば生後2ヶ月ぐらいから飼い始めて今まで、病気ひとつしたことがないネコでした。食欲も旺盛で毛艶もよく、年を感じさせることはありませんでした。今も元気で食欲もあり毛艶もいいので、一見不調だとはわかりません。ただ抱っこすると以前より軽いので、なんだか寂しい気持ちと心配の気持ちが同時に入り混じります。

そこに5月の天気と気温がそんな気持ちに追い討ちをかけるように、弱気にも似た感情と寂寥の念を増幅させます。

そんなこともあって、5月の気温と天気が気分にも大きく影響したように思います。自然現象とはいえ、間接的にでも気分に影響を与えるものだな、と改めて感じた5月でした。

来月から徐々に梅雨のシーズンになります。天気や気温によって、知らず知らずのうちに感情を振り回されたり、乱されることがないように意識していきたいと思います。

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リモートワークで在宅時間が増えた結果、ペットに悲劇が起きている事実

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

リモートワークが増えたことで在宅時間も増え、「この機会にペットも飼おう」と考える人が増えました。生き物は生活に潤いを与えてくれますが、今の生活にプラスして手間もお金も掛かります。

リモートから通常勤務になった時、あるいはライフステージの変化まで見越して飼育をスタートしている人がどれほどいるのでしょうか。

生き物ですから怪我をしたり病気にもなりますし、いつまでも愛くるしい仔猫や仔犬のままではなく、当たり前に老いもします。人の思い通りにもなりません。←うるさいから夜は鳴かないで、抜け毛は掃除が大変だから毛が抜けない犬(猫)がいいなど。

  • 小さい時は可愛かったけど、大きくなったらそうでもない。
  • 散歩が面倒になった。
  • 毛が抜ける散らかる。
  • カーペットを汚した。
  • 粗相が多い。
  • 臭い。
  • 大きくなったら可愛くない。
  • 鳴き声がうるさい、世話が面倒。
  • 旅行に行けない。
  • なつかない。

などなど。

自ら里親を探す人はまだいいほうで、捨てたり保健所に持ち込む人(人でなしと呼ばせてもらいます)が後を絶ちません。避妊去勢をせず飼育し、頭数が増えたから捨てる(CMにもありますが「誰か優しい人に拾ってもらってね」は犯罪です<動物愛護法違反>)。以前にも書きましたが、生き物は人の手で飼われ始めた時から人に依存してしか生きていく術を失います。

この意味を「野良猫として生きていけるじゃん」と思う人は、行間の読めない残念な頭の持ち主か想像力が欠如している(あるいは想像力がない)人です。

ペットを飼うのは私たち<人間だけ>です。人間のエゴでしかない“癒しのためにペットを飼う”という行為に“動物たちを付き合わせている”だけに過ぎません。

我が家にも猫が4匹いますが、猫たちは多頭崩壊現場からレスキューされた保護猫や、保健所に持ち込まれる寸前だったブリーダー飼育放棄猫で可愛い盛りの仔猫からではありません。

酷い扱いを受けていて、我が家に来た時は人間不信の塊で常にビクビクしていた大人猫。迎えるからには二度と不幸な目に遭わせず、終生飼育の覚悟で迎えています。換毛期にはどんなにブラッシングしても部屋は大変なことになるので、ブラッシング→コロコロを日に何度も繰り返します。

洗濯物にも寝具にもコロコロ、出かける前には親子でコロコロ、嫌がらないので猫たちもコロコロ。一般家庭でのコロコロ消費量は日本一かもしれません(笑)

ペットには私たちと同じ“いのち”があります。人間のように複雑に細分化した感情はありませんが、【痛い、怖い、苦しい、寂しい、嬉しい】感覚や感情はあります。愛情を持ち、世話をし、共に生活を送っていると信頼関係を築けますし、なついてもくれますが、嫌がることをしたり世話を怠けると嫌がらせ(?)をすることもありますし、なついてくれません。

最期まで『いのち』に責任を持ち、飼い続ける覚悟がなければペットなど迎えるべきではないと考えます。犬や猫は長い場合15〜20年は生きますから、子供一人を育てる時間と同等な飼育期間が発生します。瞬間的な可愛いという感情だけでは、到底最期まで飼い続けることはできない時間ではないでしょうか。その時間は飼い主自身にとってもいろいろなことが起こり、ライフステージも十分変わり得る時間です。それでも飼い続けていく、という覚悟と責任が要求されることをよくよく考えてほしいと思うのです。

私のパートナーも猫を3匹飼っていますが、3匹とも飼い始めて16年になるそうです。私が飼っている猫たちよりも活発で、部屋の壁に登ったり爪研ぎをするので、壁紙はボロボロです。それでもパートナーは、元気な証だ、猫を飼うとはそういうことだ、とサラッと言います。

そういう覚悟と責任に自信が持てないなら、苔やマリモにしておくか、今流行りのペット型ロボットにしておくことをオススメします。

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改めて【命】について考える【私見】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

コロナ禍で自粛が続き在宅時間が増えた人も多いと思います。そんな中、ペットを迎える人が増えているようです。

外出自粛でインターネット利用時間も増え、SNSを見れば可愛い犬猫の画像が溢れ、「可愛い!飼いたい!これを機にお迎えしよう!」と思う人がいてもおかしくありません。

現代日本で飼われている犬猫のほとんどが愛玩用のペットであり、昔のように番犬のために犬を飼い、ネズミを捕ってもらうために猫を飼う・・・は少なくなっています。家族同様大切にされ、扱われている犬猫、昔に比べて随分長寿になってきたので、人間と同じように病気になった犬猫を連れ、動物病院に通うことも増えました。

生き物を迎えるということは、大袈裟に言えば(私は当たり前のことだと思っていますが)命を預かる、その命に責任を負う、ことだと思っています。

犬猫に限らず、生き物と暮らす前に思い描いていた生活。しかし「こんなはずじゃなかった」があらゆる場面で表れるものです。生き物(の世話)に使う時間、お金が思ったより負担になることは、共に暮らし始めてわかることではないでしょうか。

生き物その種に合った環境を整え維持し、餌、新鮮な水、体調を崩せば病院、病気や怪我をすれば通院治療に自宅で投薬や看病、歳を取れば人間のように認知症様症状が表れ、あちこちで粗相、寝たきりになれば時間など関係ない介護。

ペットを迎えることは、最期まで命に責任を持ち、飼育を途中放棄しない。これは絶対だと考えています。

安易に子供のためにミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)を飼い始め、思ったより大きくなったからと池に放す。たかが金魚すくいの金魚だからと適当に扱い、ゴミのように捨てる。おとなしく飼育が簡単と聞かされ飼い始めるフトアゴヒゲトカゲ、モフモフして可愛い、垂れ耳が可愛い、短足が可愛いと飼い始める長毛猫やある種の猫たち。

小さなミドリガメがフルサイズになるとどのくらいの大きさになるか知っていて飼い始めたのでしょうか。可愛いミドリガメは肉食で、大きくなると案外凶暴になることを知っているのでしょうか。日光浴をしないのであれば、爬虫類用ランプが必要で、それがなければどのような病気になるのか、カルシウムが不足するとどうなるのか、そうさせないためには何をすればいいのか。

ホームセンターの片隅でお手頃価格で売られている、ひょうきんで可愛いフトアゴヒゲトカゲ。最初にどれだけの飼育用品が必要なのか、その生態はどんなものか。

すぐに毛玉だらけになる長毛猫の日々の丁寧なブラッシングは不可欠ですし、垂れ耳猫や短足猫は遺伝的にさまざまな障害を持ちやすいことを知っているのでしょうか。

我が家にも前記した長毛垂れ耳猫が二匹、長毛猫が一匹、日本猫が一匹います。手入れの行き届いた長毛なので、やたら高級感はありますが、いずれも可愛い盛りの子猫からではなく、ブリーダー多頭崩壊や繁殖リタイア猫、保護猫たちで、成猫で我が家に来た猫ばかりです。

親友も無類の生き物好きで、多くのユニークな動物たちと暮らしていますが、命との向き合い方はとても真摯です。

どのような生き物でも、人に飼われた途端、人に依存してしか生きていく術を失うのです。自然界ならば、病気になり歳を取れば自然淘汰されていく命でも。

大きくなったから可愛くなくなった、歳を取って臭くなった汚くなった、病気になってお金がかかる、避妊手術をしてないから(可哀想で)子猫(子犬)が産まれたけどいらない・・・自分から飼い始めたくせに、身勝手極まりない理由で保健所に持ち込まれたり、遺棄される生き物たち。

いらなくなったからと捨てるのなら、生き物を飼ってはいけないと思うのです。手間のかからない(懐きませんが)マリモくらいにしておくのが良いのでは?と思うのです。

あなたが、最初は可愛がられ大切にされていたのに、歳を取ってヨボヨボになった時に信頼していた飼い主に「汚いからもういらない」と棄てられたり、飼育放棄され餌も貰えず、世話もしてもらえなくなったとしたらどうでしょう。

人間のように細分化した感情はないと思われている一部の生き物ですが、信頼や情はあります。嫌がることをすれば嫌われますし、可愛がっていれば飼い主でなくても懐いてくれます。好き、嫌い、怖い、痛い、嬉しい。これだけの感覚、感情があれば十分ではないでしょうか。

心から尊敬する獣医師がいます。どんな小さな命でも全力で助けようとし、実際に持ち込まれる動物は犬猫に留まらず、ヘビやトカゲはもちろん、小さなアマガエルに金魚まで。日本一多くの種類の動物を診ている獣医師と言われており、我が家の動物たちも度々お世話になっています。

命を尊び助けようとするその姿勢のほんのわずかな気持ちでも、生き物を飼う人たちにあれば、今の無責任で悲しい実情を変えられる気がしてなりません。

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