パートナーはASD<連載③>:【アスペルガー受容編】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

連載①ではパートナーがアスペルガーである疑惑から、違和感を膨らませていく中でのエピソードや繰り返されるバトルを書き、連載②ではパートナーがアスペルガーであることから感情の交わし合いができず、カサンドラ状態に陥っていったことをエピソードを交えて書きました。

連載最終回となる今回は、パートナー本人に聞き取りをしながら、当時の荒れた気持ちからどのような経過を辿り、受容に至ったのかを書いていきたいと思います。

今だから聞けること、聞いてみたい当時の気持ちの移り変わりなど、本人に確認しながら書いていきたいと思います。

私がいきなりASDの書籍を送り付けたことから、パートナーの激しい拒絶が始まりました。以下は私がパートナーに聞き取った内容です。

——まずはその時(本を送った時)の感情や気持ちから聞いてみたい。

あれはまったく意味がわからなかった。嫌がらせかと。自分は健常者として当たり前のように生きてきたところに、突然『障害者』扱いされた。もう嫌悪感と拒絶感から憎悪一色になった。百歩譲って自分だけに対する“悪口”ならまだいいが、それを超え間接的に親への侮辱とも感じ、殺意すら覚えた。

——それで連絡を取り合えていなかった間、どうしていたか、その時の心境は?

親にはもちろん、友人にも話すには憎悪があまりにも激しく、しばらくうまく言葉にできない状態が続いた。自分の中で君への憎悪と殺意、ASDへの嫌悪と拒絶がグチャグチャになって、とても整理できる状態ではなかったから。
ある程度落ち着いた段階で、気晴らしによく飲みにいく店に行き、そこのコに話してみたら、あっけらかんと自分もASDだと言ってきた。拍子抜けしつつも、少し安心感を覚えた。そのコからはASDに対し肯定的な話を少し聞いたが、それでもまだ拒否感のほうが強かった。

——そのコと話した後も何も変化はないと?

とりあえず君への憎悪と殺意が少し和らいだ程度。受容なんてまったく考えられず、まだ程遠い状態。ただ店のコが言っていたことを確認するつもりで、君から送り付けられた本をパラパラ適当にめくり、“障害ではなく個性”という表現を見つけ『ふ〜ん』という印象はあった。
この時期は君からの電話はもちろんメールも一切返さず、ノーリアクションを貫いた。憎悪と殺意が再燃しかねないから。
2ヶ月ほど経つ頃には君からの連絡も来なくなり、自分の中では君との関係は終わっていて、少しホッとしていた。

——確かに途中から私も連絡をしないようにしていた。でもある時電話したら出てくれたのは?

メールではなく唐突に電話があったことと今までかかってきたことのない時間だったことから、どうもイヤな予感がした。別れ話とか、そういう類ではなくて、緊急事態のほうのイヤな予感。それでも電話に出るか躊躇したが、もし緊急事態なら人として無視するのはどうかという良心の呵責があって仕方なく出た。

——それからまた連絡が取れるようになった。

ただそれは二人の関係の修復ではなく、その緊急事態の対応策について飽くまでも“人として”話し合っている感覚。だから“元カノ”感覚で慈善事業みたいなものだった。その時には憎悪と殺意はもうなくなっていた。そのせいか『そういえば、こんなの送り付けてきたっけな』と、送り付けられた本を他人事のように軽く立ち読みする感覚で読んでみたりしていた。

——パラパラ読みから立ち読み程度でも読んでみたわけね。

雑誌感覚で他人事として。読んでみるとその中に書かれていた特性に自分に思い当たる部分があった。それを踏まえて、以前話をしていた店のコに改めて話をした。その時は愚痴としてではなく時事ネタのように話し、実際ASDでもあるそのコから肯定的なことをいろいろ聞けたことで、ASDについて考え方や見方が軟化した気がした。

——その後はどういう変化を辿った?

日が経つにつれ、誰がどうではなく、なにより親には一切責任がないことが最大の安心材料となり、ある意味冷静に自分がASDであるかどうかを自問自答するようになった。店のコとはその後もASDについてのやり取りは数回続き、いろいろと話す中で、気持ちに余裕ができたと言っていいかわからないが、ようやくASDについて詳しく知ってみるか・・・と思えるようになった。

それまでは私は『ASD』『アスペルガー』『発達障害』というワードはパートナーに対してNGにしており(自主規制)、会話の主たるものは緊急事態に対する対応策のままだった。

——2年以上経ってから、あなたからASDというワードを出してきた。思ってもみなかっただけに思わず耳を疑った。

そうだろう、自分でも自分から口にする時が来るなんて思ってもみなかった。ただ、たまたま君が素人ではなく臨床心理士という専門家だったことが大きい。身近な専門家として、ASDについて自分のどこを観て定型と言われる人と違うと思ったのかを聞いてみたくなった。

——私がもし臨床心理士でなかったら?

もちろん聞いてない。その場合、よく知っているのかもしれないが所詮素人だから。ましてや、そのへんにいる“ハッピーなんちゃらカウンセラー”とか、よくわからない認定証をいくつも並べ立てている“自称心理カウンセラー”なんて論外。エビデンスが極めて怪しく、胡散臭過ぎる。中途半端な知識で専門家風を装ったタチの悪い素人に過ぎない。だからASDがどういうものかなんて絶対わかりっこないだろうと・・・。
そういう点で客観的に考えた時、国立の研究機関にいて科学的なエビデンスと学問的・専門的知見があり、医療機関での実務経験もある臨床心理士という人が君だったことはラッキーだったと思う。

——なるほど(笑)それで定型と違うところを聞いて思ったことは?

確かに『なるほど』と思うところはあった。ただ、生きづらさを感じている人が多い、ということについては自分にはピンと来なかった。なぜなら、思い通りの生き方をしている人なんてほぼいないと思っているし、そもそも生きること自体が生きづらいもの、と思っていたから。
世の中は世知辛い、とか、人生は修行だ、という話も耳にするし・・・また仏教(特に浄土真宗)に興味を持ったことも重なって、自分だけが生きづらいのではなく、皆大なり小なり何らかの悩みを抱えながら生きづらさを感じて生きているものだろうと思っていた。

——なるほど。それで、そうした思いから受容したのはどのタイミングだった?

その前に今までと、今なお自分の身に起きる独特の現象について、改めて思い返してみた。それは、
▷窮地に陥った時の、動悸と同時に吹き出る汗、目眩を伴う発作的なパニック状態。
▷極度な憂鬱感や焦燥感からの激しい落ち込み。
▷深刻な不安からの無気力状態と強烈な喪失感。
▷子供の頃から初対面の人と接することへの抵抗感と憂鬱感。
▷怒りや強い不愉快の感情を消化するまで時間を要する。
などは性格ではなく、ASDの特性がそうさせていたとわかり腑に落ちた。
なにより受容の決定打となったのは、意外にも数字へのこだわりだった。昔から数字には人と比べて『なんかヘンなこだわりがあるな』と自覚はしていたが、それは単に、趣味が数学だった中高生時代の名残としか思っていなかった。それだけに、実際にはそれはASDのこだわりという部分の典型的な特性だ、と知った時は『これはもう受け入れざるを得ないな・・・』と思った。

——受け入れざるを得ない(笑)、それで受け入れた後の気持ちは?例えばラクになったとか苦しくなったとか・・・

ラクになったという意味では、人格的に欠陥があるとか、性格的なものではない部分からの現象があると知り、開き直れるようになったかもしれない。例えば『初対面の人と接することは大の苦手だけど克服しなければ』と長年悩んでいたが、悩むことを止めた。だからと言って、今でもそういう場所に行くとなると憂鬱になるし、初対面の人とばかり接すると気が滅入るぐらい消耗して、とてつもなく疲れて毎回途中で帰りたくなることは変わらない。
受け入れて改めて苦しくなったことはない。ただASDの特性がなくなって、いわゆる定型になったわけではないから、定型を基準にした世の中はある意味窮屈だし、定型的な人達の考え方にイラっとしたり、もどかしさを感じる時はある。ダイバーシティーと言うなら、発達障害とか定型とか関係なく、生きやすい世の中になってほしいものだ。

以上が、パートナーが受容に至った気持ちの変遷でした。最後は降参(笑)するように受容したようでしたが、ラクになった点があったことは意味があったと思います。余談として「定型は共感が必要だの空気読めだの面倒くさいことばっかり求めて、俺から見れば定型こそ定型障害だ(笑)」と言っていました。言われてみればASDの視点で定型(あるいは定型を基準とした社会)がどう見えるかをあまり考えたことはなかったな、とちょっぴり反省(笑)

数年の中でパートナーの私に対する私が起こした行動への嫌悪から拒絶、憎悪・殺意、空白、変容、軟化、関心、受容という変化を遂げながら、今の私とパートナーの関係があります。

感情的な行き違いが完全になくなったとは言えない中で、以前より格段に良い関係が築けている理由として、パートナーにあるASDの特性や特徴を人なら誰もが持つ得手、不得手に過ぎない、と肯定的に捉えていること、

【ショウ“ガイ”(障害)】という認識はまったくなく、個々人の【チ“ガイ”(違い)】と考えている

ことにあります。まだまだ理解に至らない部分も、時間をかけて理解に繋げたいと思っている自分がいます。

もうバトルになることはありませんし、カサンドラに戻ることもありません。これは私だけの努力ではなく、意識はしていないのかもしれませんが、パートナー自身の努力もとても大きかったと感じています。

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