インクルーシヴ教育を過去“お世話係だった自分の経験から考える【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

昨日はちょっと蒸しましたね。

さて、前回に続きですが、学校生活でやんわり無理やり押し付けられたお世話係がなぜ悲惨なのかは【1】でおわかりいただけたと思います。

誤解のないように明記しておきますが、私は障害を持つ子供も障害を持たない子供と同じように学ぶインクルーシヴ教育の理念に賛成です。

 実際に息子は発達障害重複(ADHD、ASDの両方を持ち合わせている)ですが、小学校〜中学校と普通級に在籍しながら人間関係やコミュニケーションなどSSTは個別支援で通級(情緒級)に通いました。そして、通級という選択をしなければ、今、何の個別支援も合理的配慮も必要なく、普通高校に通学することは叶わなかったかもしれません。

文部科学省ではインクルーシヴ教育を「インクルーシヴ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対し自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備する」としています。

また混同されやすいのが、“障害を持つ人が障害のない人<同等な生活をする>ノーマライゼーション意識がベースの統合教育”であるインテグレーション教育です。まだまだ改善点はあると思っていますが、インテグレーション教育をもとに改善を重ね発展させたのがインクルーシヴ教育になります。

インテグレーション教育の失敗は“障害のある子も通常級に入らせて同じ環境で学ばせる”に重きを置いたことです。障害を持つ子供という部分を個々と考えず、ひとまとめにしてしまったことで、支援や配慮はひとり一人違うにも関わらず、“その子供が本当に必要としているニーズにまで辿りつかなかった”ことです。その結果、学力格差が浮き彫りになったり、悲しいことにいじめに繋がりやすいといった問題が発生しました。

同じ環境で学ばせる、ただそれだけではインクルーシヴ教育とは言えません。インテグレーション教育と同じ過ちを繰り返してしまうだけです。

スペシャルニーズを持つ彼らがどのようなニーズを持っているのか、保護者や第三者支援機関から細かに聞き取り、『学校側(教育委員会/自治体)が』足りないものや必要なものを人員配置も含め、環境整備できるのか?が第一に考えなくてはいけない部分です。

もちろんそこには、一緒に学ぶ障害を持たない子供たちへの“お世話係”のような過度な負担は絶対にあってはならないのです。

優しさや思いやりは、それを(やんわりでも)無理強いさせることからは生まれません。

極端な言い方になりますが、自発的ではなく押し付けされたお世話係では思いやりや優しさよりも、のびのび自由に友達と関わることも制限された学校生活しか送れず、窮屈さに息が詰まり、我慢を強く負わせられる責任の重さに逃げ出したくなるだけです。もっと言えば、障害者嫌いという負の感情を芽生えさせかねず、障害者への差別感情を植え付けかねません。

そうならないために、受け入れる側(自治体/学校側)の正しい理解と準備が今以上に進むことが求められます。幼い時からさまざまな障害を持つ人たちに接し共に学ぶことで得られる理解と経験は、ダイバーシティが叫ばれる昨今何ものにも代え難い大切な経験です。

インクルーシヴ教育はさまざまな障害を理由に排除される子供を作らず、学校生活に参加し共に学習することが基本理念です。

そのためには障害を持っていることで排除されがちな子供たちを同じ場所、同じやり方で学校生活を送らせることにこだわるのではなく、共生を目指すためにどのようなサポートが必要かの具体的なスキーム作りが必須です。

同時に「障害(重度含む)のある我が子を普通級に入れたい」と考える保護者が正しくインクルーシヴ教育を理解し、自分視点で「障害があっても平等に学ぶ権利がある!」と声高らかに叫ぶだけではなく、“障害がない子も同じように(お世話係など押し付けられず)平等に学ぶ権利がある”ことに目を向けてもらえるようにすることも必要ではないでしょうか。

普通小学校は集団生活の中で人間関係や勉強を学んでいきます。一部の医療ケアが必要な子供は除きますが、知的身体的に重度の障害がある場合、勉強や人間関係の前に身辺的自立が目標となります。身辺的自立とは、一人で着替えができる、最初は完璧に仕上がっていなくて失敗はあるかもしれませんが、排泄関係にほぼ問題がないなどです。

対処することはあっても、幼稚園や保育園ではありませんから、小学校普通級では身辺的自立への支援はありません。なぜなら、すべての教員が特別支援の専門教育を受けているわけではなく、身辺的自立を目指させるのは特別支援級や特別支援学校の役割になるからです。

障害を持つ子供を障害を持たない子供が学ぶことを前提にした環境に、ただ在籍させればインクルージョンではないのです。努力しても(各々がその能力や特性に応じた努力は必要だと思っていますが、そもそも無茶な努力をさせる自体がどうなのか?ですが)できないことがある、それが障害です。

障害には誰もがわかる身体的なものから、発達障害や軽度知的障害などわかりづらいものまで多種多様です。

一見奇異に感じる言動の裏には必ずその子(その人)の理由があり、原因があります。“困った子(人)”ではなく“困っている子(人)”だと考えるとどうでしょうか。

インクルーシヴ教育は教育現場を支える側の正しい理解と行動、環境作りの努力に加え、私たち保護者側にも正しい理解がなければワガママを垂れ流す自己都合“のみ”の権利をただ叫ぶ、それこそ困った保護者になってしまう危険があるのです。

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インクルーシヴ教育を過去“お世話係”だった自分の経験から考える【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

GWも終わりましたね。今週はあまり飛ばさず心身慣らしのつもりでいきましょう。

さて皆さんは“お世話係”という言葉を知っていますか?聞いたことがありますか?

この記事がなぜお世話係が問題になるのか、またそこから見えるインクルーシヴ教育の側面や課題を考える一端になればと思います。

一般的にお世話係で問題となるのは小学生時代です。

お世話係とは・・・

学校生活において何らかのサポートや配慮が必要な子供(児童)に対し、先生(学校サイドが?)が責任感が強かったり、優しくて面倒見のよいしっかりしている特定のクラスメイトに対し、公的(先生自身が「〇〇くん、△△さんのお手伝いをしてあげてね」とやんわりお世話係に任命)、暗黙の了解で先生が押し付ける(いつも同じ班やペアにされたり、近い席にされる)ことでお世話係が生まれます。

およそ小学生の子供に任せるには荷が重過ぎて自由を奪う役割や責任を「みんなと一緒に」「思いやりを持って」「優しさを」「助け合いの気持ちで」と、耳障りのよい納得せざるを得ない言い方や言葉でお世話係を押し付けます。先生に言われたら拒否できない子供の心理を利用しているようにすら見えます。

【1】ではお世話係がどのようなものか、押し付けられた子供の苦悩を、【2】ではインクルーシヴ教育の在り方や疑問点などを書いていきます。

私は小学4年生から6年生まで教師から暗黙の了解で押し付けられたお世話係でした。

A君は今でいう軽度知的障害と自閉症を持っており、こだわりが強く特定の音や匂いでパニックを起こしたり、気に入らないことや思いどおりにならないことがあると、物を投げたり噛みついたり髪を引っ張りました。普通級在籍で通級するレベルではなく支援級案件だったと思います。

当時の私は特別優しくも面倒見のいいほうでもなかったはずですが、責任感だけは強かった記憶があります。今思えば、その責任感のせいでお世話係をやんわり押し付けられたのではないでしょうか。

ノートを取れないA君の代わりにノートを取り、教科書を開いたり定規を押さえたり連絡帳を書いたり・・・彫刻刀を使った図工も危なくないように見守り、給食も仲良しの友達と食べることはできず、校外活動は絶対同じ班、ペアを組む時も当然ペアにさせられ、仲良しの友達と笑いながら一緒に下校したいというわずかな願いも叶いませんでした。

“助け合い”という言葉に縛られ(一方的に私が助けるだけでしたが)、「A君もクラスメイトなんだから、本城が我慢するのが優しさで思いやりだと先生は思う。A君だって困ってるんだから」と教師に刷り込まれ、暗黒の3年間を送りました。

一度は「給食を友達と食べたい」「下校は仲良しの友達と帰りたい」と訴えましたが、教師から「A君は友達じゃないとでも言うの?A君が可哀想だと思わないの?本城は優しさが足りないね」と詰め寄られ、何も言えなくなりました。

今なら声を出して言えます。

「クラスメイト全員が友達なわけあるか」と。

修学旅行がどうなるのか考えなくてもわかります。自由行動はA君と一緒、バスはもちろん隣り、寝る時以外は常に金魚のフン行動を求められることが・・・。

ハンガーストライキと登校拒否を続け、修学旅行参加を断固拒否した結果、ようやく仲良しグループでの自由行動と旅行中のお世話係免除を勝ち取り(A君には加配の教員が付きっきり)、最後の思い出を作ることができました。

が、根本的にコレ何だかオカシイと思いませんか?

  • 特定の誰かにだけお世話をお願いすること。
  • 公的でも暗黙の了解でも押し付けられた子供に拒否権はないこと。
  • 拒否しようものなら「優しくない」だの「友達思いじゃない」だの「〇〇君(〇〇さん)が可哀想じゃないか」だの語彙力の乏しい子供が絶対に反論できないようにやり込めること。<多分教師側は教育的指導と思っている>
  • 加配の教員が付きっきりで見守っていないと何をするかわからないほどの問題を抱える児童を特定の一人に丸投げでお世話させてきたこと。

卒業式の時にその教師は「A君のおかげでクラスに優しさが生まれ、まとまりのあるクラスになりました」などと宣いましたが、実態は私と一緒にお世話係を押し付けられたもう一人のクラスメイトは完全不登校になり転校、他のクラスメイトは私を遠巻き。「本城さん誘っても本城さんはA君の面倒見なきゃいけないからねー」と何にも誘ってもらえなくなりました。

学年が上がるたびにA君の保護者から「本城さんと同じクラスに」「本城さんと隣り同士に」と学校に配慮願いがあったそうで、小学生の私の逃げ場はどこにもありませんでした。

このままだと私の中学生活も暗黒の3年間になる!と考えた私は親に頼み込み、中学受験をして地元から離れました。男子児童のA君のご両親がどんなに頑張っても絶対に追って来られない“女子校”に。

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GWですね。

メンタル・イデア・ラボのAEのスミです。

昨日からGWが始まりましたね。

一応マスク着用以外の制約はなく、ちょっと開放感がありますね。

人事異動で新しい職場になった人、大学を出て社会人になった新入社員の人、新人研修でクタクタな総務・人事・労務などの部署の人、4月はいつの間にかいっぱいいっぱいになってしまう時期だったと思います。

このGWはちょっとした小休止。思い思いに過ごしたいものですね。束の間、仕事のことは忘れてボーッとするもよし、どこかへ行くもよし、ふらっとドライブ、散歩するもよし、年明けから頑張ってきた心身をとにかく労ってほしいと思います。

GW関係なく仕事の人は、本当にお疲れ様です。規制や制約がない分、人の移動と人出の種類がいつもと違うので、疲れ方も違うかもしれませんね。

リラックスタイムに今日の自分を2〜3個褒めてみてくださいね。何事もなく平凡に終われた、ランチを美味しく食べれた、頑張って残業しちゃったな、今日も元気だったな、など、そんな感じでいいのです。難しく考えないことが肝です。反省ばっかりしてると“ダメ人間かも”と思ってしまい、本当に“ダメ人間”になってしまうこともあるので、反省はほどほどに(笑)

仕事の人も仕事でない人も、とにかく風邪をひかず、事故に遭わず、元気に過ごせるGWになるといいですね!それでは、よいGWを。

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5月は5日木曜日はGWのため休載し、10日火曜日より掲載します。

昨今オフィス事情

メンタル・イデア・ラボ、AEのスミです。

先日インターネットで面白いニュース記事を読みました。

コロナによって在宅ワークやテレワークが増えたことで、オフィスの縮小傾向にあることは周知のとおりです。その結果、新たな課題が生じました。それはコミュニケーション不足や交流不足です。

実際にその記事では社員がコミュニケーション不足や交流不足を不安に思っているという内容が書かれていました。

そこで最近ではオフィスを働く場からコミュニケーションや交流の場へと変化させようとしている、というのです。もちろん、それが可能な企業や難しい企業があります。業界にもよるでしょうし、業種や職種にもよるでしょう。

テレワークや在宅ワークが一定の広がりを見せる一方で、やはりコミュニケーションや交流は人が人らしく生きていく上で必要な要素です。

まして仕事はチームでおこなうことがほとんどで、チーム内のコミュニケーションや交流が少なくなるテレワークや在宅ワークに不安を抱くことは当然で、至極まっとうな欲求だと思います。

オフィスを働く場からコミュニケーションや交流の場へ移行できる職種、企業はまだ少なく、またそれが可能な職種も限られます。コロナが生んだ新しい職場の形のひとつのトピックでしょう。これが善ということではありません。

一方、このほどパナソニックは週休3日制を試験導入するようです。これもパナソニック内でも全職種ということではないようで、人事や経理など比較的在宅ワークやテレワークと親和性のある部署やグループ会社の社員を対象にしているようです。

日本電気は週休3日制を既に導入しており、日立製作所も検討しているようです。大企業ならではの試みだと思いますが、個人的に取引先は大変かもしれないな、とふと思いました。

部署にもよるのでしょうが、急ぎの連絡を取りたくても担当者がお休みでは動けないという弊害です。代理の人が上手く引き継いでくれていればまだいいのですが、案外そうでもないケースが多く、また代理の人に判断を仰いでも判断まではできない場合がほとんどだからです。

結局休日にまで携帯電話やメールなどで追いかけることになります。実際私は土日ですら、そういう場面を体験したことがあります。月曜日が締め切り、前週の金曜日までにチェックの返事をもらわないと間に合わないということがあり、結局土日に担当者を捕まえて間に合わせたという経験は何度もあります。締め切りを延ばしてくれればいいのですが、締め切りは延ばされません。当然予めスケジュールを立てますが、そのとおりにはなかなか上手くいかないのが現実です。

週休3日制の弊害は周囲の取引先にも及ぶことを危惧していて、どういうことかというと取引先がそれに合わせて動くことになり、徹夜になったり残業の毎日になる、ということです。立場が弱い取引先の従業員の働き方が、週休3日制のスケジュールに追われて一層多忙になり疲弊してしまっては、週休3日制はその企業の独りよがりで、世間には良いイメージを与えることはできても、その実、誰かの犠牲の上に成り立っている、ということになりかねないと思われます。

週休3日制を導入しその制度を活用する側の意識(週休3日制を導入した企業の従業員の意識)が、取引先も含めた周囲の人たちに対しどこまで考えられるかが問われるなと思いました。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【後篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

より働きやすくするために今すぐ就労と考えず、就労支援(ハローワーク/民間事業所)をパイプにして、ソーシャルスキルを身につけながら一緒に就労を考えてもらえる機関も増えてきました。

豊富なノウハウを持つ就労支援事業所を活用し、ジョブコーチに力を借りることで、一人で不安や困り感を抱えず自分に合ったペースで就労を目指せるので、上手に活用してもらいたいと思っています。

特性から本人も周りも困り感を感じやすい発達障害ですが、簡単な接し方のコツを覚えることで双方共にラクになります。

「え、わざわざそんなこと?」と思うかもしれませんし、「そんなの甘えだろう」と考える人もいるかもしれません。こればかりは感じ方の差なので、私にはどうすることもできませんが、“あなたの大切な人”がそうだと考えてみるとどうでしょうか。

●何かあったらいつでも相談できる体制を整えておく。

●本人が感情的(キレる、パニックになる)になった時には冷静に対応し、こちらが感情的にならない(物理的距離を取り、落ち着くまで待つ=クールダウンスペースとクールダウンタイム)。

●不得手なことを無理強いせず得意なことを伸ばす(不得手なことは無理せずできる範囲に留める/工夫してその人ができるやり方を一緒に考える)。

●不機嫌になりそうだったり焦りが見られたら、一人になれる時間と場所を与える。

●一方的に指示を与えず、本人の言い分や考えを十分を聞く。

●ストレスにとても弱くリカバリーにも時間が必要なので、非難するような表現や大声で感情的に叱らない。

●先の見通しが立たないことへの不安があるので、スケジュールや予定を前もって伝えておく(メモなどで渡すと、より良い)。

●提出物などの期限があるものは期日が守れないことも多いので、こまめに進捗状況を確認し期日などは付箋を使い目に付く場所に貼ってもらい、終わったら剥がしていく。

●長い話は入らないのでいくつかに分けて話すか、メールなど記憶が残り見返すことができるものを活用する。

●本人なりのルールやこだわり、パターンがある人も多いので、尊重できるものは許容すること。

●視覚優位が多いので、視覚化できるものは視覚化する。

●耳からの情報処理に時間がかかる人も多いので、滑舌よくゆっくりめに話すことを心がける。

などです。

ちょっとした優しさや気遣いだと思いませんか?

こういう考え方があります。家や建物のバリアフリーは、高齢者や体の不自由な人に配慮した作りと言いますが、そうでない一般の人にも具合がいいですよね。それと同じ発想で、上記の接し方もココロのバリアフリーで発達障害ではない人にとっても具合のいいことではないかと思うのです。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【前篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

なりたいものになる。

誰にでも夢や希望はありますし、資格云々はありますが誰でもが“就きたい職業に就く自由”があります。

しかし特性があると、一般には向いていないとされる職業があるのも事実です。特性に関しては努力次第でどうにかなる問題ではない部分もあるからです。(※ASD、ADHD、LDなどひとまとめに発達障害として話をしているので、ひとつひとつの特性についての詳細は省きます)

  • 小さな見落としやケアレスミスが事故に繋がる可能性がある運輸関係
  • 複数のタスクを同時にこなす必要がある飲食業(料理人・ホール)
  • 変更に対し臨機応変さが求められる旅行業
  • 柔軟な対応が求められる顧客窓口(コールセンター・窓口業務など)
  • 管理能力や高度な協調性、スキルが求められる人事、経理

これらは一般的に発達障害を持つ人には不向きと言われています。

では、向いている職業を考えてみましょう。

  • 視覚優位で視覚的な才能が活かせるカメラマン、各種デザイナー、イラストレーター、画家、広告・映像関係(クリエイティブ系)、漫画家など
  • 人と密に関わるよりも機械などが相手の各種技師、整備士、技工士、校正校閲士、プログラマー、システムエンジニアなど
  • 変化に富み、刺激のある記者、マスコミ関係、カメラマン、警察官、プロデューサーなど
  • 専門的知識を活用する学者、研究者など

私は一時期F1レーサーに憧れたことがありましたが、オートバイ以外の運転がからっきしダメでド下手なので、周りから運転免許取得も止められたくらいです。もはやレーサー云々の話ではありません(笑)

夢と現実は違うものです。

発達障害でいわゆる【手帳】を持っている人もいます。手帳がなくても、周りに特性をカミングアウトしてのオープン就労、逆に一切伝えないクローズド就労があります。

雇用側に障がい(特性)を伝え、特性に応じた配慮をお願いして働くことをオープン就労と言い、雇用側に一切の特性を伝えず配慮も求めないで働くことをクローズド就労と言います。

クローズド就労は一般枠就労、手帳があり障害告知をし特性に応じた配慮をお願いして働くと障害者枠になります。

オープン、クローズドどちらにもメリット、デメリットがあり、特性の種類や度合いによってはオープン就労が良いケースもあります。

メリット、デメリットについて説明します。

【オープン就労メリット】
▶︎職業選択肢が広く、正規雇用が多い。
▶︎給与面で一般従業員と同等。
▶︎特別扱いされない。
▶︎理解がないなど偏見の目で見られない。

【オープン就労デメリット】
▷正規雇用枠が少なくなる。
▷障害者支援制度があっても使えない。
▷ジョブコーチが会社に訪問しても支援できない。
▷さまざまな能力を求められるので特性にマッチした仕事を探すのが難しい。
▷特性に理解のある上司や産業医がいるとは限らない。
▷医療機関への通院時間の確保が難しい。
【障害者枠メリット】
▶︎障害者支援センター、民間の就労支援事業所からジョブコーチなど支援が受けられる。
▶︎障害者雇用2%枠が使える。
▶︎ハローワークにも専門の支援部署があり相談できる。
▶︎障害程度によるが、助成金などの経済的支援が受けられる場合がある。
▶︎特性に応じ、仕事内容/職場環境/労働時間などに配慮してもらえる。
▶︎臨機応変さを求められず、決められた仕事だけをこなしていけばよい職場が多い。
▶︎医療機関受診や通院に対し理解してもらえる。

【障害者枠デメリット】
▷障害者手帳を取得しなくてはならず、大人の発達障害を診断できる医療機関を探して受診したり、場合によっては保護者からの聞き取りがあって手間も時間もかかる。
▷一般就労と比べ給与面や待遇に差がある。
▷正規雇用よりも派遣やパートタイマーが多い。
▷障害程度によるが、助成金などの経済的支援が受けられる場合がある。
▷職場で障害(特性)開示の必要があるので特別扱いされることが増え、精神的負担になる人もいる。
▷大学で専門知識を身に付けても、仕事内容は単純労働や定型作業が多く、学んだことが役に立たないことも多い。

などがあります。

後篇では周囲の人たちがどのように接していくと上手くいくのか?のコツなどをお話しします。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【番外篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

大人の発達障害を就労という観点から考え、番外篇→前篇後篇でお話ししようと思います。

まず、背景から説明します。

2005年の発達障害支援法に始まり、厚生労働省や文部科学省ではさまざまな法整備が進み、インクルーシブな社会に近づいてきた感があります。

発達障害という概念がなかった時代には多くが見過ごされてきましたが、グレーや軽度までを含めると今やその出現率は20%超と言われています。

見えない障害である発達障害にはさまざまな種類・程度がありますが、診断名は同じ特性に共通項があっても、実は誰一人としてまったく同じ症状ではありません。また、この“症状”が性格なのか障害特性からくるものなのかも判断が難しいところです。

そして、発達障害は発達段階やライフステージにより症状の表れ方や当事者(周りも)の困り感は大きく変化します。

発達障害を見逃し(見過ごし)早期に適切な療育などがおこなわれなかった結果、ストレス耐性の低い発達障害者は思春期以降、二次障害などの合併症状が表れることが増加し、複雑化することで根底にある発達障害がわかりづらくなり、社会生活に困り感が表れるケースが続出しています。

療育をおこなったからといって、不得手なものが得意になることはありませんが、少なくとも自分を理解することで、得手不得手を知り対策を立てられるようになったり、周りに適切にヘルプを求められるようになることで、生きづらさを軽減することができます。

何でもできて完璧なスーパーマンのような人はいないことを考えると、軽い脳機能障害や偏りといった凸凹は誰にでも多少は当てはまるものなので、発達 障害と呼ぶより

【発達アンバランス症候群】

と表現したほうが、おかしな誤解や偏見を生まないためにも良いかもしれませんね。

発達障害(グレー含)があるとストレス耐性が低いことはお話ししました。しかし、ストレス耐性の低さだけでなく、二次障害を併発しやすいリスクファクターというものがあります。

  • さまざまな依存(スマートフォン、ゲーム、インターネットなど)
  • 保護者(主に父親)の発達障害、保護者(主に母親)の精神疾患や神経症
  • 催眠サイクルの乱れ
  • 保護者や家族が障害に否定的で認めず、ネガティブ発言が多い
  • 両親不和、嫁姑問題、兄弟不和などの機能不全家族
  • 抑圧的、反対に無関心な育成態度
  • 学校生活の不安(嫌がらせやいじめ、家庭との連携不備)

などです。

自分が自分らしく安心できる安全地帯がない、というのが読み取れると思います。これでは発達障害であろうと定型であろうと関係なく何らかのメンタル不調を抱えるように思えますね。

次回【前篇】では適職不適職〜発達障害キャリアガイダンスについてお話しします。

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代理ミュンヒハウゼン症候群【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

【1】に続き、代理ミュンヒハウゼン症候群についてお話しします。

私たち心理士が代理ミュンヒハウゼン症候群を疑う時に、特に気にすることがあります。

  • (子供が)医療機関で治療をしているにも関わらず、症状が改善しない。
  • (子供を)入院や一時保護など保護者から隔離すると症状が軽減、または良くなる。
  • (子供の)医療機関受診歴は多いのに、病気や怪我のはっきりした原因がわからないままである。
  • (子供の)症状軽減、悪化に不自然さがある。
  • (子供の)病状が良くなると喜ぶのではなく、不安定さや明らかな動揺や不安が見られる。

などです。

【1】でもお話ししましたが、代理ミュンヒハウゼン症候群は一見すると“病気(怪我をした)の子供を自ら犠牲にし献身的に看護する親”に映ります。

周りからは「いつも大変ね」「子供のために偉いわね」「頑張ってるお母さん」に見えるわけです。

その“頑張っているお母さん”を創作するために、健康な子供を作為的に病気にしたり不自然と思われない範囲で怪我をさせたりするのです。専門家が注意深く観察すればバレバレなのですが・・・。

海外では子供の日々の食事に少しずつ漂白剤を混ぜていた親や、かぶれるようにボディソープに薬剤を入れていた親、子供が怪我をするように自転車に細工をしていた例などがあります。にわかには信じられませんが、実際にあったことです。

明らかに虐待とは違うのは、決して我が子が邪魔だったり嫌いなわけではなく、優しい虐待とはまた違うのですが、子供は大好きで大事だったりすることです。

ただ、子供以上に自分(の感情や思い、行動)が大切で自分が大好きだったり、親自身の生育歴からアタッチメント不全やパーソナリティ障害などが関係し歪んだ認知を持っていることも多くあるように思います。

2019年のアメリカ映画【死ぬほどあなたを愛してる】では代理ミュンヒハウゼン症候群が描かれていますので、関心を持った人はご覧になってはいかがでしょうか。

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代理ミュンヒハウゼン症候群【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

子供の虐待が報告される中で、【代理ミュンヒハウゼン症候群】という言葉が聞かれるようになってきました。

わかりやすくいうと、代理ミュンヒハウゼン症候群とは“子供を故意に病気にしたり怪我をさせ、甲斐甲斐しく世話(看護看病)する自分を装い、同情(注目)を引こうとする虚偽性障害”という精神疾患の一種です。

今回はこの代理ミュンヒハウゼン症候群について2回に分けて書こうと思います。

この『代理』の部分ですが、なぜ代理と言うのでしょうか?

詐病のように自分が病気や怪我のフリをするのではなく、多くは乳幼児の我が子に“病気である自分(詐病)の役代わり”をさせるので“自分の代理”という意味で使われます。そのほとんどが母親によるものです。

わざわざ我が子を病気にしたり怪我をさせる親などいるのか?と思いますよね。

正常な精神状態の親ならあり得ないことですが、無意識に自らが病気の子供を献身的に世話する母親というアイデンティティを求めていたり、歪んだ承認欲求などが関係し代理ミュンヒハウゼン症候群として表れます。

健康な我が子をわざわざ傷つけ不健康な状態を作り出す、これが代理ミュンヒハウゼン症候群です。

以前、入院している子供の尿に自分の血液を混ぜた母親がいました。当然病院では検査をし、原因を突き止めようとしますし治療をおこないます。しかし、誰もが「親がまさかそんなことをするわけがない」というバイアスがあり、なかなか見抜けなかったのです。

「大切な子供をわざわざ傷つける親がいるわけがない」このバイアスが代理ミュンヒハウゼン症候群を見抜きづらくしているともいえます。

実際、代理ミュンヒハウゼン症候群の母親は献身的に世話をするケースが多く、“病気の子供を必死に支える健気な母親”像に映ります。これが落とし穴になります。

自分から声を上げられる年齢にない乳幼児は生活の100%を親(主に母親)に依存しています。

ミルクをわざわざ不衛生なお湯で溶き、下痢をさせる。

沐浴時にわざと強い洗剤を使い、皮膚を荒れさせる。

以上のような報告が実際にあります。明らかに虐待ですし、実際はもっと重篤な状態に陥ってしまった子供もいます。

次回は代理ミュンヒハウゼン症候群が疑われる場合のポイントからお話しします。

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マイルドな表現

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は以前からちょっと気になっていたことを書こうと思います。

最近は何でも耳障りよくマイルドな表現が好まれているようです。

何でもマイルドな表現にすると明らかに犯罪行為であるにも関わらず、事の重大さが軽く薄っぺらくなってしまうように感じるのは私だけでしょうか。

例えば『援助交際』や今流行りの『大人のパパ活』は“売春”以外の何ものでもありませんし、万引きや空き巣、車上荒らしは窃盗、ひったくりは強盗、身体的虐待はただの暴力・暴行・傷害です。

360度どこから見ても詐欺や傷害同様犯罪なのに売春、窃盗、強盗、暴行では表現が強過ぎてダメなのでしょうか?万引きはとても軽く考えられていますが、それが10円の商品でも“お店の商品をお金を支払わず取る”行為は明らかな窃盗(=犯罪)です。

大切なのは商品の値段ではない、ということです。10円のチョコでも100万円の指輪でも同じ重さの“窃盗”(敢えて万引きなんて軽い表現はしません)です。

「たった10円くらい・・・」と思いますか?しかし、その考えはとても危険な考えです。“たった10円”すら払わずに盗む“恥ずかしい行為”が万引き=窃盗=犯罪なのです。

「わかったわよ!お金払えばいいんでしょ!払えば!!」「子供のやったことじゃない!」とスーパーの事務所の奥から漏れ聞こえたこともありますし、実際報道番組の万引きGメンなどの特集でも目にしますが、見ているこちらが恥ずかしくなります。

見つかったら謝ればいい、見つかったらお金払えばいい、見つかったら返せばいい、子供のやったことだから大ごとにしなくても・・・。

誰でも間違いや誤りはあるものですが、やらかした側には“大したことない”と考えている人が一定数いて、そのような人たちが捕まった時に前記のような言い訳、言い草をしたり居直るように思います。

そういえば、犯罪ではありませんがマイルドヤンキーなんて言葉もありましたね。ヤンキーにマイルドもハードもあるのか?と甚だ疑問ですが、私の勝手なイメージとしては、拳で語る喧嘩(武力衝突)上等派とちょいワルの差くらいなのではないかと思っています。

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