アンガーマネジメント【3】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

モヤモヤやイライラ、怒りを生んでしまう背景には社会不安からくる焦燥感や不満はもちろんですが、“忙しさ”や“多様化する価値観”というものがあります。

多様化する価値観が悪いのではなく、価値観を認め合うことができないから生まれてしまうイライラと、多様化する価値観を擦り合わせる場面が増えることで生まれるイライラです。

【2】でもお話しましたが、立場や意見の違い(多様性)をお互いに認め合うことができず感情を適切にコントロールできないと、イライラや“怒り”を“個人のやりたいことを優先、押し通そうとする”ぶつかり合いの道具にしかできなくなります。

この価値観の多様化が進むと、自分“以外”の意見や立場がうまく通らなくなると思い、不機嫌な人達で溢れ返ることになってしまいます。

会社でも私生活でも“自分の思い通りにならない”“自分の思った通りの反応が返ってこない”“自分の都合を考えてくれない”と、「自分の、自分が」ばかりで、それが叶わないとすぐに不機嫌になり、イライラオーラを撒き散らし、言動に表す“お子ちゃま”はいませんか?

適切に怒りをコントロールできなければ、“扱いづらい人”“感情的になる面倒な人”“話し合いができない人”という、対人的マイナス評価にしか繋がらず、結果あなたに良いことは何一つありません。

怒りが生まれる3段階というものがあります。

アンガーマネジメント【1】で取り上げた例を思い出しながら考えてください。

<第一段階>
“出来事に遭遇する”:スマホ歩きをしていた人にぶつかられる。

<第二段階>
“出来事の意味づけをする”:同じ出来事でも、彼女にプロポーズしようとウキウキな時と、仕事でやらかしてしまった時ではイライラ度合いが違いましたよね。起こった出来事が同じでも自分の置かれた状況が違えば、まったく違う感情が生まれることがおわかりいただけたはずです。

<第三段階>
怒りの感情が発生する

第一段階の“スマホ歩きでぶつかられた”だけの“出来事だけ”では、あなたを怒らせることはできません。

起こった出来事に対し、怒りの感情が生まれるかどうかは、第二段階の【意味づけ】があり、その結果、第三段階の【怒りの発生】へと繋がっていくのです。

アンガーマネジメントでは、この【意味づけ】の部分に意識的に目を向けることで、怒りの感情をコントロールしていくテクニックを学びます。

<運営会社:Jiyuuku Inc.

アンガーマネジメント【番外編】

メンタル・イデア・ラボのスミです。本城に代わり、シリーズ途中ではありますが、番外編として今回は私が書こうと思います。

私は本城のような専門家ではないためアンガーマネジメントは語れませんが、前回本城が書いた『〜べき』思考を、リアルに体験した時を綴ることで、『〜べき』思考を受けた側の気持ちを書こうと思います。

リアルの場、つまり会社でのミーティングや会議の場のことです。私がまだ広告制作会社の社員だった時のことを思い出しながら綴ろうと思います。

広告制作は簡単に言えば、クライアント企業からの依頼を受け、クライアントの希望を聞きながらコンセプトやデザイン、コピーなど表現を考える仕事です。私はプロデューサーで制作一切を取り仕切る立場でした。スタッフは同僚に留まらず、外部のフリーランスのスタッフ(デザイナーやカメラマンなど)も起用し、クライアントの窓口となって、制作コンセプトを企画立案し、それを具体化していく仕事を担当していました。

まず企画会議があり、制作会議があります。そこで外部スタッフを交えながら方向性を決めていくのですが、その場でしばしば『〜べき』思考に遭遇します。

大体において議論が白熱してくると『〜べき』思考が頻発します。もちろん言っている側は相手を言い負かすつもりで言っているのではありません。飽くまでも、その人が考える最適なコンセプトや表現方法を主張しているのです。それはとても貴重で有り難いことですが、他の人の意見を聞き入れない姿勢が垣間見えると、いくら優秀であっても、そのスタッフとは仕事のやりにくさを感じ、活発が失われた雰囲気に包まれます。

つまり、『〜べき』思考で自分の考えが一番良いという空気を前面に出されてしまうと、

周囲にコミュニケーションを取りづらい雰囲気を醸し出す

傾向があります。その人にヘンに気を遣ってしまうあまり、その人の意向が強く働くことになりかねません。もちろんスタッフが納得しての話ならば問題は顕在化しませんが、そうでない場合は誰のために仕事をしているのか混乱し、どこかで不満が表出します。

コミュニケーションが取りづらくなることは、仕事を遂行していく上でリスクです。クライアントの意向が最優先なのに、違う方向へ向かってしまうリスクがあるからです。広告制作には変更や修正も当たり前です。一度決まってもクライアントから修正指示が飛んできます。その時に『〜べき』思考の強いスタッフに伝えることに憂鬱感を覚えます。これもリスクです。伝える側に無用なストレスを抱えさせることになるからです。それが蓄積すればどうなるか、モチベーションが下がり、いい仕事が出来なくなります。最悪の場合、退職してしまうかもしれません。

『〜べき』思考が強いと、少なくとも周囲に良い影響は決して与えないと言えます。現に私もうんざりした記憶があります。なるべくあの人とは一緒に仕事はしたくないな、と思ったものです。仕事ができるできない以前に、コミュニケーションを取りやすいかどうかが、やはり重要だと痛感しました。

それは広告制作という仕事に留まらず、広くどんな仕事にも普遍的に言えることではないでしょうか。入社試験もスキルや可能性、求める人材像かどうか、即戦力になるかどうかも重要なファクターではありますが、この人と一緒に仕事をしてみたい、と採用担当者に感じてもらうかがカギのような気がします。

映画『釣りバカ日誌』のハマちゃんは、仕事ができるできないはともかく、コミュニケーションスキルが物を言うという意味では象徴的なキャラクターではないでしょうか。

経験則から言うと、仕事にストイックな人ほど『〜べき』思考の人が多い、というのが私の印象です。仕事に対する自分にストイックなら素晴らしい姿勢ですが、その姿勢を他の人に求めたり、相手の意見や考えを否定する言動になってしまうと、いわゆる“人望”を失うことになりかねません。人望を失えば必然的に出世できない、下手をすれば今の時代、早期希望退職という美名の元、退職勧告を受けるかもしれません。仕事にストイックであればあるほど、相手の意見や考えを尊重することが本当のストイックというものではないかと思うのです。

『〜べき』と言う時は、普遍的な規範や道徳を言う時、あるいは人の背中を押す時に使うことが適当だろうと思います。例えば、猛暑には水分は摂る“べき”、せっかくここまで頑張ってきたのだから結果がどうあれ挑戦してみる“べき”、今時期なら入学試験がそうかもしれませんね。このプレゼンは絶対取る“べき”、など人を応援する時の“べき”は、その人に勇気を与えることがあるかもしれません。

多様な考え方がある世の中で、しかもダイバーシティやインクルージョンという価値観がこれからの時代の世界的潮流だと考えると、“一方的”というニュアンスのある『〜べき』思考は、自分自身を貶める可能性を孕んだリスキーな思考だと言えなくもない反面、その分シチュエーションやタイミングによっては、とても力強い応援思考でもあるかもしれませんね。

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アンガーマネジメント【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

アンガーマネジメントの【2】では、怒りが生まれる原因からスタートします。会社という組織で考えてみましょう。

“自社新商品の売上を伸ばす”というゴールを目指す時に、そこにはいろいろな部署の人たちがさまざまな関わりを持ちながらプロジェクトを進めます。それぞれ立場が違う人がいろいろな考え(意見)を出し合う場面もあります。

当然ながら立場が違う人たちが自分の考えや意見を最優先させよう(させたい)とすることで衝突が起きます。まず、

考え方や意見、立場の違いは問題ではありません。

問題となるのは、

意見や立場の違いを受け入れたり認めることができない、あなた自身の『〜すべき』という“思考”です。

自動思考になってしまっていて自分が『べき』思考になっていることにさえ気づけないこともあります。

商品開発部VS営業部、という構図で考えてみましょう。

営業部はその新商品の素晴らしさは知っています。が、操作がごちゃごちゃと分かりづらいというお客様からの声を受け、「確かにその通りだ、商品自体は素晴らしいのだから、もう少し使い勝手よくシンプルで分かりやすくなればお客様は喜ぶ。絶対に売上は伸びるはず。ここは開発部がお客様の意見に耳を傾けるべきなんじゃないか」と考え、意見を出します。

開発部は、技術のすべてを投じた商品に絶対の自信を持っており「多少の複雑さがあっても商品自体は素晴らしいのだから、その素晴らしさをもっと説明して納得してもらうような営業をするべきだろう」と考え衝突します。

クリエイティブの現場でも衝突はしばしばです。映像業界なら監督と役者、広告業界なら営業部と制作部、カメラマンとアートディレクター・・・、共通の目的は『良いものを創る』ということですが、建設的な衝突を繰り返しながら、協働で一つのものを創っていきます。まさに現場は人間臭さに溢れています。

この“べき”は正しい意見のようにも聞こえますが、実は“自分サイド”の要求(欲求)でしかないことが多くあるのです。

“新商品の売上を伸ばす”、“良いものを創る”というゴールを目指し、より良い着地点を模索するために立場や部署が違う人たちが意見や考えを出し合うわけですから、

怒りの引き金になりやすい『〜べき』思考にならないように意識しましょう。

言い換えれば、怒りに任せた感情的なぶつかり合いだけで終わらせず、共通の目的を意識して、互いの納得点や共通認識点を確認するという人間臭い作業を丁寧に繰り返し、擦り合わせていく、と言えます。その仕事に携わる誰もが気持ち良い充実感を体感できる環境を、お互いで創出していきたいものです。それができた先には、きっと立場を超えた信頼感や絆みたいなものが得られるのではないでしょうか。

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アンガーマネジメント【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

インターネットや雑誌、テレビでもアンガーマネジメント、アンガーコントロールという言葉を聞くようになりました。

本来、アメリカのエグゼクティブがマイナスになりやすい感情に冷静に対処できるように考えられたプログラムですが、トレーニングで誰もが身につけられる技術です。

人間関係を円滑にする上でアサーション同様、社会人の必須スキルではないかと考えています。特に雇用する立場の経営層、幹部の人には必須と考えます。

キレやすい思春期の子供たちを相手に息子が通う公立中学校では、人間関係教育で大切なアサーションやアンガーマネジメントを取り入れており、一定の効果は上がっているようです。残念ながら、発達障害のある息子はストレス耐性も低く衝動性もあるので、感情マネジメントはなかなか上手くいきませんが・・・。

怒りを感情的にぶつけて言い合いをしても解決に繋がることは少ないもので、自分自身はもちろん相手にもイライラと嫌な感情だけを残し、何より人間関係に決定的なヒビを入れてしまうかもしれません。

“怒り”の感情自体が悪いわけではありません。『適切な怒り』は相互理解に繋がる場合もありますし、怒りがモチベーションとなり、やる気に結びつくこともあるからです。例えば新しい事業のキッカケが『怒り』ということがあります。ある問題にただ文句や不満を言うことを超え、その不満などを解決する方向に怒りのエネルギーを転嫁させ、新しい事業を立ち上げる、といった具合です。そのような経験がある経営者もいるのではないでしょうか。

では、『適切に怒る』とはどういうことでしょうか?

その前に怒りという感情が生まれる仕組みについて理解しましょう。怒りに仕組みがあることにちょっとした驚きを持つ人もいるかもしれませんね。

怒りは不快感情に分類されるので、どんなに怒りっぽい人でも怒るのが好きな人はまずいないと思います。他者に向ける怒りの多くは、自分も含め誰もハッピーにはなりませんから、マイナスになりやすい感情と言えます。怒りを感じるような状況でも、自分のその時の状況で怒りは怒りでも、その度合いが変わります。『虫の居所が悪い』という諺もあるぐらいです。

次のような時の例を挙げます。

  • 大好きな人にプロポーズされ、嬉しくてたまらないウキウキな時。
  • 大きな商談をまとめた手腕が社内で評価され昇進が決まった時。
  • ビッグプロジェクトのプレゼンで他社に競り勝った時。
  • 念願叶って第一志望校に合格した、あるいは第一希望の企業に内定をもらった時。

そんな時に、前から歩きスマホをしてきた人にぶつかられたとしましょう。歩きスマホで前方不注意、相手に落ち度があってぶつかられたのですから、多少ムッとするのは当たり前です。

では、あなたの状況が、

  • 指輪も準備してプロポーズしようと待ち合わせ場所に向かっている途中、恋人が他の人と手を繋ぎ親密そうに歩いている場面を見た。
  • 自分が頑張って準備をし臨んだ商談がうまくいった。なのに何故か同僚の手柄になってしまい、まったく評価されなかった。
  • 第一志望どころか、行きたくもないけど仕方なく受けた滑り止めの学校も全部不合格だった。あるいは、どんなに就職活動しても内定がもらえない、採用されない。
  • プレゼンは実は茶番で、裏の政治力で既に他社に決まっていたことを知った。

こうした状況で同じように歩きスマホの人にぶつかられたら、上手くいった時と怒りの度合いはまったく同じでしょうか。

同じ状況なのに、感情や怒りの度合いは違いますよね(ムッとする程度は怒りではなく、“不快だな”くらいではないでしょうか)。置かれた状況が違えば、同じ出来事に遭遇してもまったく違う感情(あるいは度合い)を持つことにお気付きいただけたと思います。

さらに考えてみると、

出来事そのものはあなたを怒らせることはできない、

にも気付けませんか?例を思い出してください。歩きスマホでぶつかられた時・・・。好ましい状況に自分が置かれている時と、不快不愉快な状況に自分が置かれている時では、自分の反応が違ったはずです。

ここまででわかった人もいるかもしれませんが・・・

あなたを怒らせているものの正体は、実はあなた自身

だとも言えるのです。

次回から、何故イライラや怒りが生まれてしまうのか、そもそも怒りとは何か、怒りが生まれるステップについてお話していこうと思います。

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“拗らせ系自称HSP”についてモヤる私が感じていること。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

インターネットに溢れ返るHSP自己診断、やってみた人もいるのではないでしょうか。

※HSP:Highly Sensitive Personの略。高度な感覚・感受性を『気質』として持つとされる人。

今回はHSPについてですが、HSPはHSPでも“拗らせ系メンドクサイ”HSPについて書こうと思います。

HSP自己診断、あれだけの項目があるので、いくら大雑把と言われる私でも幾つか思い当たる項目はありました。よく当たると評判の占い師がバーナム効果を最大限活用しているように、一つも当てはまらない人はまずいないでしょう。

私は共感力も高く(だからと言って、人並み外れて優しいわけではありません)、雨上がりの澄んだ空気を五感で感じ、パートナーとは漂う沈丁花や金木犀の香りで季節の移り変わりや、降り始める前の雨の匂いや降り始めた土に染みる匂いについて語り、楽しみます。

でも、周りにイライラしている人や怒鳴っている人がいたり、臭いがキツくても「あらやだ、そんなに感情的に怒りを爆発させるならアンガーマネジメントやったほうがいいんじゃないの?」「クサイ。ヤダけど仕方ない。あっち行こ」と思うだけで特別ストレスを感じないので、雑と言われる非HSPのようです(笑)実際、人が叱られていても理不尽な理由で怒鳴られ、絡まれているのでなければ、まったく気になりません。

一つのものを見て、多くの情報を取り入れ深く処理する、ともありましたが・・・。

ひまわりを見て「ひまわりってどこでどう日照を認識して向きを変えるんだろう?」「そういえば、ひまわりの種はフィポナッチ数?あれ、何かの黄金比じゃなかったっけ?」「紫陽花は土壌pHで花の色が変わるけど、ひまわりは無関係なんだ」「ひまわりの種、美味しいよな〜、リス案外グルメ」「種のシマシマって植物の生存戦略的に意味あるのかな」くらいは私でも一瞬で深く考えます(どうでもいいことですが・笑)

HSPの概念自体はもちろん理解していますが、

発達障害のような“障害”ではなく、多くの精神科医同様、ただの【気質】

と捉えています。

“人一倍繊細”は“人一倍怒りっぽい”、“人一倍短気”、“人一倍心配性”、“人一倍飽きっぽい”などと同じ、気質的なもの

という考えです。

実際、ASD孤立型のパートナーは、繊細で感性豊かで感受性も強く、言葉や文字での表現は秀逸で、感動ポイントは違いますがとても感動しやすい面も持ち合わせています。そしてHSPの特徴として挙げられる、人混みやうるさい場所が苦手だったり(感覚過敏)、一度に幾つものことを並行しておこなうことは苦手ですし、周りから休みなく多くの情報を受け取り処理する脳は人一倍疲れやすいので、脳を休めるために独りになり、自分のペースで静かに過ごす時間も絶対に必要です。

またパートナーは、痛みや体のわずかな変化にはとても敏感ですし、認知スタイルの違いから傷つきやすい心の持ち主で、感情の折り合いをつけることに時間がかかるので不器用なほうです。とても人見知りで、初めての人と接する場面は凄まじく疲れるそうです。見た目がそうでなくても、他者と信頼関係を築くのに、もの凄く時間がかかりますし(私は経験者です)、時間をかけて注意深く丁寧且つ論理的に物事を考えるので、とても慎重です。

繊細でさまざまな敏感さを持っていても、パートナーはHSPではありません。

HSPとは違い、譲れないこだわりや共感力の弱さがあるのは事実ですが、前記の繊細さや敏感さ、疲れやすさやストレスの受け方はASD(あるいは他の発達障害)の人が大なり小なり持ち合わせている大きな特徴でもあります。

今現在HSPは明確な診断基準がなく、当然ガイドラインもないため、クリニックを受診しても“HSP”と診断されることはありません。

インターネットの自己診断で自認すればHSPであるようです。つまり『言った者勝ち』『あくまでも自称』ということになります。

「えっ!?あなたがHSPですか!?」と意外と思うような芸能人もHSPだと告白していますね。5人に1人がHSPと言われているそうです。これを「案外いるんだな」と捉えるか「5人に4人は違うわけね」と捉えるかはその人次第です。ちなみに私は後者です。

全員がそうとは思っていませんが、このHSP・・・いや、HSPを拗らせた“HSPを免罪符にする(無意識にでも)面倒くさい系自称HSP”とでも言いましょうか、これがかなり厄介な人になる可能性があるのです。どういうことかというと、下記のようなことが考えられます。

とても傷つきやすい 
→ だから傷付かないように言葉を選び、(私にとって)優しく穏やかに話してほしい。

●雰囲気(表情)や空気から先回りして人の感情を読み過ぎてストレスを感じやすい
→だから私の周りでは怒鳴り声や大きな声やキツイ言い方はやめて、穏やかな表情でいてほしい。

●先回りして物事を考えてしまう
→だから一度にいろんなことを言わないでほしい。

●驚きやすい
→だから大きな音を立てたり、いきなり驚かすようなことはやめてほしい。

●匂いにも敏感で気持ち悪くなったり頭が痛くなる
→だから香水や強い匂いの柔軟剤はやめてほしい・・・。

などなど、無言の過剰配慮を求めているように受け取られたり、思われてしまう危険があるからです。

確認もせず勝手に相手の気持ちを先回りして考えたり、感情を決めつけるのは危険なことで、

それでいちいち落ち込まれたり、ムッとされると“とても面倒な人”になってしまいます。空気(あるいは顔色)を読むことは悪いことではありませんし、役立つ場面も多いと思います。でも、空気(あるいは顔色)を読み過ぎてヘロヘロに疲れてしまったり、ムッとして能面のような顔になって(本人自覚なし)、勝手に決めつけた独りよがりな感情でケンケンしたつっけんどん気味な対応になるのでは、結局自分も相手も凄まじく疲弊させるストレスフルな人間関係しか築けなくなります。

「気にし過ぎ」と言われること自体「気にし過ぎな私が悪いんだろうか?」と被害的に受け取り、「気になるんだから仕方ないじゃない」と傷つくそうですが、そうではなく「今私はこの人の気持ちを決めつけて考えていないかな?聞いて確かめてないんだから本当はどう思ってるかわからないよな、ただ私には聞けないなぁ、だったら確かめようはないんだから、私はこの人の気持ちは本当はわからないんだ、機嫌悪い(ように見える)のは私とは違う問題」と諦めましょう。

確認もしていないのに、他者の気持ちや感情を勝手に深読みして決めつけられるのは・・・それがプライベートの時間であれば、私ならコミュニケーションコストがかかり過ぎるとても面倒な人と感じます。

HSPと発達障害は併発する、という見方もあるようですが、それについても私は懐疑的です。HSPにも発達障害(グレー含む)の人が持つ繊細さや敏感さに重複する特徴が多く見られますが、身近にASD孤立型のパートナー、発達障害重複で取り扱いが面倒な息子がいて、その困り感を熟知しているだけにHSPが発達障害と重複するという考えには違和感を覚えます。

発達障害特性から苦手なことや困り感があれば、医師の診断書や障害者手帳を根拠に、学校や会社である程度の合理的配慮をお願いすることも可能ですが、それが単なる“気質”だと客観的根拠となるものがないため難しいものがあります。

もし、単なる“気質”というHSPの人への配慮が認められるなら、例えば「私は人一倍怒りっぽいので、短気な私を怒らせないような言い方をしてください」や「私は人一倍飽きっぽいので、やる気が起きる飽きさせない仕事をさせてください」も気質という点で、まかり通ることになり収拾がつかなくなります。現実にそれはあり得ませんよね。

自分が短気で怒りっぽいと自覚があるなら、それはその人自身が解決しなくてはいけない“課題”ですし、飽きっぽいなら、自分で見方を変えたり取り組みを考えるという“その人自身の課題”です。そういうことに周囲や組織に配慮を求めようと思わないのが一般的ではないでしょうか。

どちらにも言えることですが、まずは“短気で怒りっぽい”“飽きっぽい”を自覚し、そんな自分を受け止めることです。“短気”はなかなか直すことが難しくても、“怒りっぽい”はアンガーマネジメントを身につけることで自分自身がラクになり、行動変容に繋がることで人間関係の軋轢を生みにくくなります。

よく“あなたはあなたのままでいい”と言いますが、それは適切でもあり不適切でもあります。

“あなたはあなたのままでいい”が、あなた自身をストレスフルに追い込み苦しめ、関わる人たちを疲れさせているようなら、“あなたのままでいい”なんて言えませんから。

イライラしやすい、怒りの沸点が低く怒りを感じやすい。そこには自分に原因があり理由があります。

次回からシリーズでアンガーマネジメントについてお話しようと思います。

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学習障害(LD)について深掘りする【5】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

いよいよ最終回となる今回は、自分で(お子さんと一緒にも)ゲーム感覚でおこなえるトレーニングを幾つかご紹介しようと思います。

(1)渦巻きを書く。

・テーブルや床に“右手人差し指で右巻き渦巻き”(ぐるぐる)を書く練習をします。
・次に“左手人差し指で左巻き渦巻き”を書く練習をします。
・スムーズにできるようになったら、次に“右手で左巻きの渦巻き”を書く練習をします。

これは視覚、触覚を使ったボディーイメージを鍛える訓練で、指でできるようになったらペンを使って書いてみましょう。左右弁別(違いを見分ける)があやふやなお子さんにも効果的です。
(2)パズル(タングラム)で、図形見本のとおりに作る。

これは私立小学校受験問題集(図形探し/いくつもに区切られた大きな四角の中に、いくつ三角形があるかなどを探す)を使うと案外楽しくカタチ認識を鍛えることができます。いくつか挙げておきます。→【例本】
(3)間違い探しで遊ぶ。

雑誌の懸賞や100均でも売っている“間違い探し”。これは背景の中にある見たい(見つけたい)モノを見つけ出す、という図地弁別です。この図地弁別が苦手だと似た文字を間違えたりが起こります。一時期流行った“ウォーリーをさがせ”などがとてもオススメです。
(4)視線移動する。

・部屋の1、2メートル離れた場所にあるモノ(例えばカレンダー、時計など)を、首や頭を動かさずに交互に素早く視線移動させる。
・両腕を真っ直ぐに伸ばし、両人差し指を立て、首や頭を動かさずに交互にその人差し指を素早く視線移動させる。
・紙にランダムに数字を1〜20ほど散らばせて書き、これも首や頭を動かさずに視線だけで1から順に追う。

これは3つとも視覚機能の“跳躍”のトレーニングになります。
目と手の協応を鍛えるには、あやとりやお手玉、輪投げやけん玉、ジェンガが有効です。けん玉やジェンガは協応だけでなく、注意・集中・視空間認知も鍛えられるので特にオススメです。

次に、視覚記憶、聴覚記憶のトレーニングです。

(1)神経衰弱

これはわかりやすい視覚記憶を使うゲームです。
(2)しりとり1

ただのしりとりではなく、これを複雑しりとりにしてやります。
しりとりは言葉の“音”を意識したり、弁別認識する力をトレーニングするのにはうってつけです。
複雑しりとりのルールは、“前の人が言った言葉をリピートしてから自分の言葉を言う”それだけです。
相手が「リンゴ」と言ったら、「リンゴ、ゴミムシダマシ(ゴーヤ、ゴシキヌマ、ゴリョウカク・・・)」というふうに。

相手が小さな子供であれば、わかりやすい短い言葉が良いと思いますが、大人同士なら頭を捻りに捻って長い言葉にしてみるとよいのではないでしょうか。

(3)しりとり2

複雑しりとり2です。ここでは相手が言った言葉を反対に繰り返ししりとりをします。
例)リンゴ → ゴンリ と繰り返してからゴーヤ、次の人もヤーゴ → ヤジルシ、と続けます。ワーキングメモリーも鍛えられ、言葉をひっくり返す時にも頭を使います。

『あっち向いてホイ!』も、ボディーイメージを鍛え、左右弁別の訓練になります。

昔からある手遊びや言葉遊びには、偶然にも脳を発達、訓練になる要素がたくさんあるので、改めて見直してみると楽しいかもしれませんね。

余談ですが・・・。

私は大人げないので、寒い朝のゴミ出しを賭けて、中学生の息子とジェンガでガチンコ勝負したり、晩ご飯作りを賭けて、けん玉真剣勝負をしています。結果、私が勝つと晩ご飯が目玉焼きと丸ごとキュウリ1本になることもありますが、14歳の息子とこんなふうに笑い合い、ぶつかり合う時間はもう10年もないことを思うと、この時間も貴重な時間だと感じています。

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学習障害(LD)について深掘りする【4】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

ディスレクシアについて理解するシリーズ、今回は【ディスレクシアの人に最後まで残ってしまう課題】についてです。

ディスレクシアの人にはダブルビジョンという、文字が重なり合って見えたり、文字が揺れ動いたり、歪みに歪んでダブって見えたりするという特徴的な見え方になる人がいます。

これは視覚機能訓練をしてくれる大きな眼科や、子供であれば専門家がいる療育施設などでの訓練で改善が見込めますが、とても数が少ない現状があります。

今回のシリーズでも少し書いた【流暢性】、覚えていますか?

これは処理速度の問題です。文字が読めるようになっても、一文字一文字拾うようにしか読めなければ当然スピードは遅くなります。

一文字ずつゆっくり読んでいると、最終的に何が書いてあったのか理解できない、だったり、記憶の一時保持(ワーキングメモリー)に弱さがあることで、理解したことも記憶からこぼれ落ちていってしまったりします。

また、書くことにも苦手があって時間がかかると、書いているそばから『・・・何を書こうとしてたっけ??』が起こったり、テストが時間内に終わらない、資料が時間内に仕上げられないということも起こります。

学校でも社会人になっても困り感がありそうです。

最終回となる次回は、私が自宅で息子にやっている【視空間認知】【図の弁別(違いを見分ける)】【追従性眼球運動/跳躍性眼球運動】【粗大運動/微細運動】【協応】【聴覚記憶】【ボディイメージ】など自分でできる超簡単なトレーニングをいくつか紹介します。

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学習障害(LD)について深掘りする【3】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は視覚機能から【眼球運動】【視覚情報処理】【視空間認知】【協応動作】についてお話していきたいと思います。

視力(モノを見る)の他に、大事な視覚機能がいくつかあり、その一つが【眼球運動】という機能です。この眼球機能には“追従性眼球運動”と“跳躍性眼球運動”があり、対象物を目でゆっくり追うような動きが追従、ドッジボールで素早い動きのボールを追ったり、ホワイトボードから手元の資料に視線を移動するような動きを跳躍と言います。

字を覚えるためには追従機能が、読書やスポーツには跳躍機能が大切になりますが、眼科でおこなう視力検査では残念ながらチェックできません。

ビジョントレーニングという言葉をご存知でしょうか。脳力検定にもあるようですし、書籍も出ていて簡単に自分(あるいはお子さん)でトレーニングに取り組むことができますので、気になる人は探してみてくださいね。

今回お話する【協応】は目と手の協応動作のことで、どのようなことかというと、

目から情報を使い(情報処理)、体を動かす

ことです。わかりやすい例だと、三角定規を2枚使い平行な線を引く、折り紙を折る、点と点を結ぶ、箸で豆を摘む、キャッチボールをする・・・などです。

目と手の協応に問題があると、目から情報を使い予測をして、体を協調させ動かすことが苦手になります。これは、視空間認知にも関わってくることで、私たちは視覚情報から自分と対象物の距離や位置を把握し、方向や向き、奥行きや高さ大きさという空間を予測し理解しているのですが、視空間認知に弱さがあると左右認識が曖昧、立体的な絵が描けない、よく物にぶつかる、という日常生活での困り感も表れてきます。

この力が弱いと学校ではひらがな、カタカナ、アルファベットを覚えるのが苦手で、“さ”と“ち”や、“b”“d”“q”などの、反転したり回転させると同じ形になる文字(記号)が捉えにくいということが起こり、結果、字を間違えたり書く読むことが苦手に繋がっていきます。

ビジョントレーニングと同様、自分(家庭)でも簡単にトレーニングできるので、最終回にいくつか紹介しようと思います。

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学習障害(LD)について深掘りする【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回はなぜディスレクシアだと困るのかと、実際の“苦手”とは?についてお話します。

前回、ディスレクシアだと読んだり書いたりすることが苦手だとお話しました。ただこれは、脳の機能不全からくる目につきやすい症状の一つであり、実際の生活では他にもさまざまな課題が持ち上がっています。

  • 鏡文字(反転文字)を書いてしまう。
  • 無意識に文字を入れ替えてしまう。
  • とっさに名詞が出てこない。
  • 耳慣れず見慣れない単語を読み間違えたり発音を間違える。
  • 人名や地名を間違える。
  • 長文に集中が続かず、読み飛ばしや読み間違え、何が書いてあったかわからなくなる。
  • 似た音を聞き間違える(カギ→カキなど)
  • 日本語の特殊音節や助詞を使うのが苦手(デパートがデーパートになったり、デーパト、デパトになったりする)。
  • 空間認知が弱いので、よく物にぶつかる、落とす落ちるなど怪我が多い、また、よく物をひっくり返したり壊す、など。

実生活でもいろいろ困りそうですよね。おっちょこちょい、慌てん坊、これももしかしたら脳の機能不全からくるのかもしれません。

ここまでで気付いたことはありませんか?

そうです、

ADHDに表れる特徴と被っているのです。ADHDだとディスレクシアも重複しやすかったり、苦手部分が被ったりしています。

ディスレクシアという視点から“聞いて理解、見て理解”を少しお話します。

【音を聞き】取る。とてもザックリしていますし、「耳は悪くないよ、聴力検査でも異常なしだったし」と思う人もいるでしょう。音がしているかどうか気付くこと、これは耳が機能しているか(ちゃんと聞こえているか)どうか知覚的にわかるかどうかですが、ディスレクシアがあると『ぼうし(帽子/防止)』や『チョコレート』『りょこう(旅行)』『サッカー』など伸ばす音や、『ちゃ』『りょ』『ッ』『パ』などの特殊音や破裂音を正しく聞き取ることが苦手で、聞き間違い、聞き漏れが出ることがあります。

知覚的に音がするかどうかに気付くと、次にどんな音が出ているかという“言葉”の聞き取り、聞き分けになります。言葉の聞き分けとは似ている言葉(はし/かし、ろば/おば)を聞き間違えないかどうかです。

そして、次に周りにある関係のない音の中から自分に必要な聞きたい音だけを選択して聞き取れるかどうかです。以前のコラム【さまざまな注意】でもお話しましたが、選択的注意のことです。

知覚的に聞き取りが苦手だと、周りにある関係のない音も同じ大きさで一緒に拾ってしまい、必要な音だけを選択して聞き取ることも苦手です。

音に気付くことができ、聞き取りもできて、選択的に自分に必要なことを拾い聞くことができても、最後にある“言葉の意味が理解できない”という課題があると、『音は聞こえる、音の聞き取り聞き分けもできる、単語も拾える、でも文章としての意味がわからない』ということが起こります。最近注目されるようになった【聴覚情報処理障害/APD】です。

次回以降は【見て理解】するから、言語理解〜流暢性についてお話しようと思います。

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学習障害(LD)について深掘りする【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

本年最初のコラムは学習障害(LD)についてです。何回かに分けて学習障害(LD)の特性や自宅でもできるトレーニングについてお話していきたいと思います。

今回取り上げる読み書きのLDはディスレクシアとも言います。視力や聴力に問題はなく、知的な遅れもないのに中枢神経に機能不全があることで、文字(記号)と言葉(音)が結びつきづらく、読み書きに関して躓きや学習面での困り感が出てしまう“機能障害”です。知的障害ではないので注意してください。

発達障害と併発することも多く比較的気付かれやすいのですが、LDだけだと気付かれにくく“知能が低い”“勉強ができない”と思われがちです。

ディスレクシアの特性として、

知能の高さに比べ、読むこと書くことや記憶に特徴的な困難さがありますが、論理的能力は問題なく、話し言葉は高いレベルで理解できます。

  • 視力(視る力)に問題はありませんが、視覚情報処理(図、地を見たり、見たものを理解する力)や、見たことを一時的に記憶として保持する力が弱いので、左右がわからない、板書や書き写しが苦手、文字の見間違いが起こります。
  • 聴力(聴く力)に問題はありませんが、聴覚情報処理(聞いたことを一時的に記憶として保持する力や聞いたことを理解する力)に弱さがあるので、聞き間違い、聞き漏らしが多く(聞き直しも多い)、電話対応は苦手です。

文字(記号)と言葉(音)が結びつきにくい、とはどのようなことでしょうか。例えば、

【ま】← “記号”は【m+a】← “音”

ということがわからないので、読むことや書くことに時間がかかります。

文字を読む、ということは【音声化】と【理解】がセットになって情報処理されるのですが、ディスレクシアは音韻理解の力が弱く、音声化に問題を生じると言われています。

ここで課題になるのが、普通の速さで滑らかに読める(流暢性)で、一文字一音節の平仮名、カタカナは読めても、漢字の読みが苦手などが起きます。声に出しての音読をしなければ、字面を拾いながら書かれている意味はそれなりに理解できるので、本人は読みが苦手という意識を持ちづらいのです。

書くことに困り感があると、字のバランスが悪くマス目や罫線からはみ出したり、字が汚く読めない(時には書いた本人すら読めない)ということが起こります。息子はこのタイプで、丁寧に観ていくと視力に問題はなくても“視覚機能の跳躍”に弱さを抱えていることがわかりました。

また、文章構成が苦手で正しい文法で文章が書けないという困り感や、視空間認知や記憶に弱さがあると、目で見たとおりに書けない、字の細部まで覚えられないので正しく書けない(れ/ね/る、や、鏡文字になるなど)という問題が生じます。

ディスレクシアがあると作業記憶(ワーキングメモリ<一時的に記憶を保持しておく力>)にも弱さがある人が多いので、指示行動が苦手だったり、電話の要件を聞き取りメモすることや、次にやろうと思っていても他に注意を移した途端にやろうとしていたことを忘れたりと、日常生活いたる場面で失敗を繰り返すなどが出てきます。

次回は、ディスレクシアだと学校ではなぜ困り感が出るのか、社会に出た時にどのような困り感に繋がるのかをお話します。

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