ASD孤立型重複なし【3】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、周囲の無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

このシリーズの最終回です。

私たちは何かあったり何もなくても、ふと人恋しくなったり寂しさを感じます。わかってほしいのにわかってもらえない時やショックなことがあった時、気持ちが荒んだり落ち込んでいる時にも、孤独感や絶望感を感じます。

孤立型も寂しさや絶望感を感じることはあるそうですが、特に寂しさについてパートナーの場合、“行きつけの店がなくなってしまった”“桜が散ってしまった”、“夏の夕暮れ時にヒグラシの鳴き声を聞いた時”のように、愛着や風情に対してが主で、人恋しい寂しさではありません。基本的に人が好きではないですしね(笑)

長く一緒にいて信頼してくれているのか、私にはバウンダリーがほとんどないので弱音や愚痴を吐くこともありますし(ありがたいです)、孤独感や絶望感に苛まれている場面も見ていますが、それも私たち定型が感じる孤独や絶望とは種類が違います。

元より他者に興味がありませんし「相互理解なんてできないのが当たり前、できない努力をするのはナンセンス」という考えの持ち主ですから、【2】でパートナー自身が言っているように、他者に自分をわかってほしいとも他人を理解しようとする気持ちもなく、わかってもらえないからという理由で孤独や絶望を感じることはありません。

「人はわかり合えないものだ」とある意味達観していますから、そこにわかってもらえないもどかしさや、わからない不安を感じない、というところでしょうか。ただ、わかってくれたことに対しては「ありがたいな」と思うそうです。パートナー曰く、文字どおりの『(他者が自分をわかってくれることなど)“有り難きこと”』だからだそうです。

一人が心地よく、一人でいても孤独や寂しさを一切感じず、むしろそれを望む孤立型は、一体どのような場面で“孤独”と感じるのでしょうか。ネガティブな感情や気持ちに折り合いをつける過程もその一つでしょう。ただ人恋しさのような孤独を感じるのは、どんな場面なのか、パートナーに聞いてみました。

「そうだな・・・強いて言えば自分が信頼している人がこの世に誰もいない、と感じた時かな。その時は孤独を感じるかなぁ。あくまでも“オレが信頼している人が”、ね。つまり、その人がオレをどう思っているかは関係なくて、だから必ずしもお互い信頼し合っている必要はないんだよね。平たく言うと、オレがオレの味方だと“勝手に”思う人。友人とはまた質が違う。他者に興味や関心が極めて薄いのは確かなんだけど、自分が信頼する他者、あるいは自分が味方だと思う他者が身近にいてはじめて一人が心地いいと思えるという・・・アイロニーだね。オレは孤立型であっても世捨て人ではないから『無人島がパラダイス』ではないんだよな。そこは誤解しないでね。『港があるから航海できる』みたいなイメージ。まぁ大なり小なり矛盾を抱えた生き物が人間かもしれないけど。そう思うと自分も人間であり、その人間という生き物の性(サガ)をまざまざと思い知らされるね。ある意味人類最強なのは、カネ持ちでも権力者でもなく、世捨て人かもしれないと思うよ。」

私たち定型とは感じ方や感性がずいぶん違うことがわかるでしょうか。

こうやって見ると、発達障がいは重複しやすいと言われても、孤立型はADHDと対極にあり、重複しづらいことがわかると思います。何しろ、自分から他者と関わらない絶滅危惧種の孤立型に出会うこと自体が稀(奇跡といってもいいぐらいです)なので、データなど取れませんが、好奇心旺盛で気になることがあると次々とあちこちに興味が移る、失くしもの、忘れ物が多い、時間にルーズなADHD要素は微塵もありません。ASDしかないパートナーは超がつく慎重派で持ち物管理はキッチリしているし、逆算して遅刻しないように行動するので自己管理もバッチリです。ある意味定型よりもシッカリしている気がします。

私はアスペホイホイと言われてしまうほど、周りにASD(重複含む)が多くいます。アスペルガーのすべてのタイプ(積極奇異/受動/孤立)が勢揃いしているので、見えない部分のわずかな違いをつぶさに感じることができるのが実は楽しみでもあります。

発達障がい続きになりますが、次回から孤立型以外のASDタイプについて、カサンドラも絡めながらお話ししようと思います。

ひと言でASDと言ってもタイプによって(重複を考えないといけませんが)、すいぶん違うことがわかるコラムになると思います。

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ASD孤立型重複なし【2】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回からの続きで、私が感じる特性(特徴)とパートナーに聞き取りをしながら書いている【2】になります。それでは実像に迫ってみましょう。

『ASD孤立型重複なし』はASD三つ組の特性の中でも、特に人間関係の考え方や築き方に特徴があるようです。

基本はASDなので特性に濃淡はあっても強いこだわりやマイルールは当然ありますし(私は気にしておらず、そのこだわりを尊重しています)、自分のペースを乱されたり先の見通しが立たないことや、いきなりの予定変更には私たちが考えられないくらいの強いストレスを感じるそうです。例えば、今日からこうしてください、今日からこうします、と言われた時、表面上は了解し従うものの、内心では拒絶反応があるようです。つまり、拒絶しながらも従っている、という矛盾を抱えた状態になるようです。表面上はまったくわかりませんね。

またネガティブな感情や気持ちを整理したり、折り合いをつけるにも結構時間がかかります。『寝たら忘れる』などお気楽さはないようで、パートナー自身の問題として時間という薬が必要です。長い時は1週間から2週間かかるそうです。その間、折り合いをつける過程で、内心で起きているのは自暴自棄であり、絶望であり、怒りであり、負のスパイラルに陥って極論まで含めた相当な葛藤があるようです。

そのような時は少し話すとわかるので、そっと見守るという放置タイムになります。ここで「何で?」「どうかした?」「どうしたの?」を繰り出すと、あまりのウザさに心のシャッターをピシャリと閉め“閉店”あるいは“閉鎖”、下手をすると強制終了(別れる)になる可能性大です。

普段からこっちに来るなオーラが無意識に出まくってしまうのと、見た目も怖いので(人当たりは抜群に悪い)、人混みを歩いていると自然とパートナーの前には道が開け、誰にもぶつからずに早足で歩いています(まるで海を割るモーゼの十戒のような?)。歩きやすくて羨ましい限りですが、一緒にいる私はなぜかガンガンぶつかられます。一緒に歩いていても、その恩恵は受けられません・・・残念です(泣)

「友人はいない」「いらない」と言い切っていますが、一緒に食事を楽しむ“知り合い以上友人未満”のような人はいるようで、孤立型で他者に無関心ではあるものの、人嫌いという訳ではなく引きこもりでもないので、お酒も飲む彼は歓楽街へ飲みにも行きます。ただし必ず決まって一人で行きます。誰かを誘って飲みに行こうとは決して思わないそうです。

行動“だけ”を見れば、とてもASD孤立型には思えませんが、やはりそこは孤立型、「たまには誰かと食事へ行くし、ホステスさんがいるお店に飲みにも行くけど、いつも内心は『独り』の感覚」だそう。

それはどういうことか尋ねたところ、

「物理的には一緒に飲み食いしながら何かしら話しているけど、精神的には一緒にいる感覚はない。分離している感じ。交流しているようで実はしていない感じ」

よくわからないので、さらに説明を求めたところ、

「例えとしてどうかわからないけど、同じコップに入っている水と油みたいなイメージ。そもそも同じコップに入りたくないのが基本スタンスだから、同じコップ(一緒に飲み食いしている)に入っている時点で自分としては十分なんだよね。だから入っているからといって、わざわざ混ざり合うことはないかな、と。相手が水でオレが油だとしたら、水と油は決して混ざり合わないで分離するでしょ?話が合わないという意味では決してなくて、それなりに楽しいんだけど、たぶん共感という界面活性剤がない状態だから、感情の部分で交流できていないんだろうね。水と油が入った瓶を振ると混ざったようになるけど、振るのを止めたらすぐ分離するでしょ、あんな感じ。会話している時は瓶を振っている時と思ってもらうといいかも。ドレッシングなコミュニケーションだな(笑)」

独特な例えだなと思いながら、なるほど共感力が乏しい故に内心では独り、と感じるのは頷けます。だからといって、孤独感に陥って落ち込んだり寂しくならないのは、孤立型特有の『他者に興味・関心がほぼないことが基本スタンスであり、そもそも一人がいい』という特性の成せる技なのだろうと思われます。

私はつまらないほど定型なので、仲のよい友人とはくだらないやり取りをしょっちゅうしていますし、バウンダリーも当然近いと思っています。そのため間違いなく互いに友人と認識し、存在に感謝し合っている(だろう)と思っていて、その感覚とパートナーのそれはまったく違うものに感じます。

パートナーの場合、私のように互いに友人と認識し、存在に感謝し合う関係になるまで、相当な時間を要するだろうと想像します。いや、最初からそんな関係は望んでいないかもしれません。会うのは年に2〜3回、連絡は会う際の段取りを決める時だけ、会っても交流しているようで実はしていないとなれば、私が私の友人達に対して思っている感覚に至るのは、現実的には正直難しいだろうなと思います(笑)下手をすれば自然消滅することが濃厚です。

その点をあえて聞いたところ、

「自然消滅した人?、うーん、自然消滅したかどうかわからないけど、長いこと連絡を取り合っていない人は何人かいるよ。」・・・やはり(笑)

さらに、もしそういう人から久しぶりに連絡があったらどうするの?と聞くと、

「普通に話すし、会おうとなれば会うよ。別に嫌いな人じゃないから。」

逆にずっと連絡がなかったら?と聞くと、

「それはそれで構わない。だいたい自然消滅はお互い確認のしようがないから、個々人の時間軸で計って、自然消滅したと思ったほうが勝手にピリオドを打つんだよ。」

でした。パートナーの中では自然消滅している感覚はないようで、たまたま長い間会っていないだけ、に過ぎないようです。仮に自然消滅していたとしても構わないと言い切ってしまうあたり、まるで一期一会のような人間関係の構築ですね(笑)

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ASD孤立型重複なし【1】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです

タイトルの『ASD孤立型重複なし』とは、長くお付き合いしている私のパートナーのことです。コラムにも時々書いていますが、数々の修羅場や私のカサンドラ沼を越えて安定した今があります。

今回は圧倒的少数派、レッドリスト“CITES1”(※)間違いなしの絶滅危惧種で、ドクターですら滅多に出会えない希少種『ASD孤立型重複なし』について、パトーナーを通じて深掘りしようと思います。

※CITES:ワシントン条約のことで附属書があり、そこには動植物や加工品、剥製が記載されている。付属書は1〜3まであり、1に記載された動植物などは、すでに絶滅の恐れがあるため 『取引禁止』とされている。

私自身、多くの発達障がいの方とお会いしていますが、パートナー以外で『ASD孤立型重複なし』と出会ったことはありません。書籍はもちろん、インターネットですら『ASD孤立型重複なし』について詳細に書いてあるものはごく僅かで、三つ組の特性は持ちながらも、その実態は謎のベールに包まれています。“アスペ受動型のダンナあるある”や“アスペ積極型の特徴”は、たくさんあるのに、です。

なぜ出会わないのか??

考えるに、パートナーの場合、知的に高くアスペでありながら、本人は過大なストレスを感じながらも、社会生活を送る上での高い擬態スキルが備わっていることが挙げられると思います。この高い擬態スキルにより、仕事など社会生活を送る上での困り感を解消し、ある程度適応できていると考えられます。実際にパートナー曰く、

「心が病むほど社会生活に別段困り感もないから、心療内科とかそれ関係の病院へ行くこともない。過去一度も行ったことがない。だいたい自分の思うとおりにならないのが世の常でしょ?」ということです。なるほど、だから出会わないのかと思いました。

そもそも『ASD孤立型重複なし』は人に興味・関心が極めて薄い(定型からは興味・関心がないに見える)ことに加え、他者とのバウンダリーが向こう岸が見えないくらい広く(アマゾン川くらい)、時間をかけてもおいそれホイホイと心を開いてくれません。

この点をなぜかと問うてみると、

「他者への姿勢は基本“性悪説”だから」

というユニークな返答でした(笑)

そもそも自分を理解してほしいとも、他者を理解しよう、したいという気持ちがありません。パートナー曰く、

「話したいとも仲良くなりたいとも思わないし、むしろ関わって来てほしくない。当然自分のことをわかってもらいたいなんて考えたことがない。だから当事者会みたいな場所に自ら進んで行くことはまずないし、行く必要性も感じない。知らない人がたくさんいるパーティーとかも苦手。」らしいです。

なかなかの徹底ぶりですが、他者に関心がないとはいえ、家族はもちろん、一部の自分に深い関わりがある信頼している人はいるようです(いるからといって、積極的に会いたいとはあまり思わないらしい)。それ以外の、いわゆる“真っ赤な他人”(通りすがり/行きがかり上、関わらなくてはいけない)に対しては、非情ともいえる無関心なのだそうです。人嫌い以前のところですね(笑)

その非情ともいえる無関心の度合いとは、人に道を聞かれる、観光地で写真を撮ってくれますか?と頼まれる程度のことが相当面倒で軽いストレスすら感じるようです。いわんやその逆、自分が人に道を聞く、人に写真を撮ってもらうなど論外で、自分から真っ赤な他人に関わりにいくなど、余程の事情でもない限り発想しないそうです。

とはいえ無関心で興味がないからといって、他者に失礼な態度を取ったり、暴言を吐いたりすることはまったくありませんし、むしろ義理堅く、とても律儀で礼儀正しい一面もあります。この点に問題はなく、むしろ極めて常識人です。ただ、

  • 近寄り難く隙がない。
  • 話しても答えるのみで返しがない。「ご出身は?」「東京です」で終わってしまう。
  • 見た目がとにかく怖い(笑)←スーツ姿は会社員(カタギ)に見えない(笑)

これが初対面の人のパートナーに対する印象のようです。なんか最悪な印象ですよね(笑)

次回は【2】として、さらに『ASD孤立型重複なし』の実像を垣間見ていきたいと思います。

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