発達障害/思春期の面倒臭さや現状支援を息子を通して考える

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

発達障害は、早期療育(支援級通級、支援クラス)や青年期になってからもSST(ソーシャルスキルトレーニング)、自己理解やさまざまな工夫により生きづらさを軽減できる対策が取れる場合もありますが、生きづらさを薄めることができたとしても生涯にわたり抱えていく“特徴”や“特性”です。

当事者の生きづらさや困り感、また、関わりを持つ周りの戸惑いや困り感は、生涯にわたり同じ表れ方ではなく、学校、職場、家庭を持つなど、ライフステージの変化でかなり違った表れ方をします。

性差や環境によっても違いますし、二次障害を併発していると表面化した二次障害の症状にばかり目が向き、根底にあるかもしれない生きづらさの原因に発達障害が関わっているかもしれないことを見逃しています。

中学2年の息子を見ていくと、集団生活が始まる3〜4歳から小学校2年生までは、“やたらミニカーを並べる”“数字に対するこだわり”“電車に対する興味”や、言語明瞭意味不明瞭と、私の感じる違和感以外、特筆すべき問題はなく、人見知りゼロ、友達関係良好、成績優秀、生活に影響あるこだわりなし、メンタル安定、生活習慣問題なしでした。

小学校3年生以降、徐々に特徴が目立つようになり、次々と特性が表面化、同時に友達関係が拗れやすくなっていきます。相変わらず成績は優秀でしたし、すべてに積極性があることから、私がさまざまなエピソードで訴えても、児童精神科に育児観察日誌を持ち駆け込むまで、遅れや何らかの障害を一度も疑われることなく、「お母さんの気にし過ぎ」「もっとおおらかに見てあげないと」と、まるで私が神経質で育児ノイローゼ気味かのように(笑)、取り合ってもらえませんでした。

小学校では提出物も少なく、低学年では何かと保護者を巻き込み確認していくプリントなどが多いのですが、学年が進み持ち物や提出物の準備、管理を自己責任で負っていく高学年〜中学生になると、小学校とは比べ物にならないくらいあちこちに困り感が増していきます。

提出物の期限が守れない→忘れやすいこと、気が進まないことを先延ばしする、「ま、いっか、なんとかなるだろう」と軽く他人事のように考えるADHD特性があらゆる場面で爆増。時間の逆算ができなかったり、時間感覚が現実と違うので、「まだ大丈夫」とのんびりまったりしてしまい、出かける寸前で慌てる、遅刻する・・・が激増。

提出物を提出しないので評価が悪くなり、テストで点数が良くても成績はダダ下がりますし、忘れ物も改善されないので、テスト以外の評価もやはり下がり気味です。“計画を立て遂行する機能”が弱いので、復習やコツコツとテスト勉強をするのは難しくなります。見ていて気付くのは、遂行/実行機能が弱くても、計画を立てることは何故か好きで、やたら綿密に細かく予定を立てます。ですが、実行機能に弱さがあるのがADHDなので、結局は“予定立てただけ”に終わります。また、やたらと高くに目標設定するクセもあるため、ここでもメタ認知(認知を認知する力)の弱さを感じます。

本人は“できる”と思って頑張るつもりで予定を立てているので、できない予定を立てているつもりはありません。

人間関係では、思い込みの強さや、他者の考えや気持ち、意見を聞いて柔軟に自分の認知や思考に修正を加えることが苦手で、独特の認知からくるコミュニケーションスタイルや、メタ認知の弱さ、共感力の低さというASDの特性から躓きが起こり、拗れを生みやすくなっていきました。

【思ったことをそのまま口に出して他者を不快にしたり傷つけてしまう】は、ASDにもADHDにもあることですが、人間関係に躓きが起きる原因では、どちらの特性が強めに表れているのかで対策が変わってきます。

息子のように重複だと複雑なのですが、ADHDの特性として強く表れると、

▶︎思い付いたこと、思い出したこと、話をしていて引っ掛かった(気になった)キーワードから「今すぐ話したい」という気持ちが抑えられなくなり、他者を不快、怒らせてしまう言い方を“わかっているのに”話したい気持ちを我慢できずそのまま衝動的に口に出してしまいます。

ADHDの特性として強く表れると、

▶︎共感力とメタ認知が弱く「今これを言うと場にそぐわないかも」「この言い方だと傷つけてしまうかもしれない」「この人に失礼にあたるだろうな」を考えられません。もちろん、パターン化して学習していく力はあるので、上手く「こういう場ではこう言うのが正解だろう」と学ぶと、よほどパターンが違わなければそれなりにやっていけるようになります。

「思ったことは何でも(他者感情を考慮できず)口に出す」素直さが、時として他者を愕然とさせたり、周りを凍りつかせることになるのですが、本人は「間違ったことは言っていないんだけど」と思っているケースが多く、何故指摘されたり叱られるのかわからず、理不尽を感じて不満を募らせていきます。

他者の見えない感情や思考まで考えて、相手のことを慮ったタイミングや言葉を選びましょう・・・は、とても難しいものですし、「何故そんなことまで考えて話さなきゃいけないの?」とも思うのでしょう。

人間は言語を意思疎通のコミュニケーションツールとして使い(仕草や視線、表情などノンバーバルコミュニケーション含む)、そこに共感(と感じる)や寄り添い(と感じる)を感じ取ることで、親しみを持ったり信頼を築く土台になっていくものです。言いたいことを思ったまま口に出すことを一概にいけないこととは言いませんが、『自分勝手』『思いやりがない』『ワガママ』と誤解を受けやすくなるので、社会生活をする上で自分にとってはプラスに働きません。

小学校6年生から今も通級に通う思春期真っ只中の息子は、定型思春期でも面倒臭いのに、発達障害のややこしさがプラスされてなかなか一筋にはいきません。

家庭ではまだまだ課題山積のように見えても、あれほど学校生活で問題が起きていたことが中学2年になるとメッキリ減りました。本人の成長があるのはもちろんですが(発達障害は発達しないのではなく、発達がゆっくり、言えます)、通級という形で個別指導を何年も受けていることも他なりません。

ASDでは特に弱いさまざまな認知機能やコミュニケーション(アサーションにも取り組んでいます)、ADHDでは思考の整理の仕方や忘れ物対策というライフハックを個別指導してもらっています。

発達障害がなくても大変な思春期、発達障害があると思春期はかなり大変です。二次障害を併発してしまうのも多くはこの時期です。

ようやく思春期の大きな山を一つ越えたところですが、まだ次の険しい山が見えています。特別支援を受けられるのはほとんど中学3年、つまり義務教育まで。中学校卒業まで残り1年と少し。どんなにぶつかり合っても、丁寧にしっかり息子に寄り添いながら、家庭療育にも取り組んでいきたいものです。

11月25日水曜日はコラム掲載日ですが、所用のため休載します。次回掲載は11月30日月曜日です。よろしくお願いします。

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視点を変え、ASDから見た定型を分類してみる

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回はタイトルどおり、視点を変えてASD側から見た定型はどう映っているのか、ASDのパートナーの協力を得て、パートナーは定型をどう見ているのかを書いてみようと思います。ASDの人が全部が全部パートナーのように見えるとは言えませんが、定型側からのASDの特性はよく耳にしても、ASDの視点からの定型の『特性』はほとんど耳にしないので、興味深く、参考になるのではないでしょうか。もちろん、科学的、学術的なエビデンスはなく、ASDのパートナーの主観なので、飽くまでも参考です。

パートナーはASDの孤立型で、ADHDの重複はありません。そんなパートナーから見ると、定型の私はもちろん、社会を構成していると言われている定型(と言われるマジョリティー)は、『定型障害なんじゃないの?』と映るようです。

彼によると、この【定型障害】には、ASDやADHDにも特性からいろいろなタイプがあるように、いくつかに分類できると言います。実際“定型障害”などDSM(精神疾患の分類と診断)にはありませんが(笑)、今回はASDのパートナーが定型“障害”をどのように独自に分類し、見ているのかを聞き取ってみました。

定型障害:『発達障害』に対するアイロニーとして、パートナーが創作した造語。

まず、定型“障害”は4つのタイプに分類できるらしく、どの定型“障害”にも共通している特性が【共感を求める】ということだそうです。彼によると、この『共感を求める』定型が、思うように共感を得られない時、4つのタイプに分かれていくようです。その4つのタイプとは、

共感強要型

受容自立型

憎悪否定型

無関心型

だそうです。それでは、それぞれについて説明していきます。

1)共感強要型
過度に共感を求め、自分と同じように感じたり、思うことを求める傾向が高く、それが叶わなかった場合、「何でわかってくれないの?」とヒステリックに感情を爆発させる、あるいは溜め込む。カサンドラ症候群に陥りやすい。

パートナー曰く、キーワードは「何でわかってくれないの?」「なんで?なんで?」で、その言葉が出たら共感強要型だと分類するそうです。
2)受容自立型
共感強要型から派生し、ASDの認知や感じ方を尊重(多少の諦めも含む)するようになり、「彼(彼女)は自分とは違う認知や感じ方をするんだな」と受け止められるようになった状態(受容)。共感強要型を経由しなくても、最初から受容自立型というケースも稀にある。

パートナー曰く、キーワードは『尊重』のようで、共感強要型を経由して受容自立型へ移行できる人は極めて少ないそうです。
3)憎悪否定型
共感されず自分の気持ちに寄り添ってもらえないことで、鬱状態になるタイプではなく、相手をこき下ろし、人格からすべて否定し、憎しみを募らせていく。

パートナー曰く、カサンドラ症候群の交流会などで、相手がいないところで罵詈雑言を吐いている人がこれに該当するそうです。
4)無関心型
認知や感じ方の違いについて、最初のうちは共感を求めていても、それが叶わないとわかると、理解しようとすることも、擦り合わせようとすることもなく、どうでもよくなる(夫婦でいえば仮面夫婦、ただの給料を運ぶ人間ATMと見なす)。

パートナー曰く、単なる同居人、今風に言えばシェアハウス夫婦だそうです。

それを端的に表せば、下の図のようになるそうで、パートナーが整理しました。

定型から見たASDは、その独特の認知(からくる言動、行動)から、わけがわからないことだらけで“!?”の嵐ですが、同じようにASD側から見ても定型(と言われる人)の認知はわからないことだらけのようです。

発達障害だと確定診断をされていなくても、生きづらさを抱えているグレーゾーンの人は多くいます。

保険請求上、仕方ないこととはいえ(診断名がないとレセプト請求できませんから)、“〇〇障害”と名が付くと、『普通の人より劣っている』『普通の人とは違う』と思いがちです。

“普通”って一体何なのでしょうか?

今回、敢えて“定型障害”という表現を使いましたが、この“障害”という単語は、良くも悪くも一人歩きしやすいもので、時として当事者や当事者の家族に暗い影を落とす重たい響きなのだと感じ、改めて、普段当たり前に使っている【普通】って、何を基準で言っているのだろうか?と深く考えるきっかけにもなりました。

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ADHDの課題【時間管理】について<5>:心理的抵抗に対処する。

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

本連載最後となる5回目は、ADHDの人の【心理的に集中を妨げるもの】や【集中力のコントロール】についてお話を進めます。

ADHDを持つ人は、引っ張られやすい不安感情や抑うつに加え、何かしら他者に対してイライラと不満を持ちやすい(面倒、難しい要求ややりたいことへの制限など)ことを自覚し、“怒っている自分、これまでずっと変えたいと思いつつ、自分には絶対無理だと感じる自分”、【変容に反抗している自分】に気付き、自分の認知(思考)を同定し反論してみる練習をしてみましょう。

今までの連載<1>〜<4>でお話したことの振り返りになりますが、おさらいしてみます。

  • 達成できる小さな、簡単なことからスタート。
  • 難しく面倒なことは、達成できるであろう大きさに分解(分割)。
  • スケジュールを組む時には対処しやすい“まとまり”に分解し、まとまりを終了できた時には“強化”(自分へのご褒美を計画)。
  • 完了と同時にTO DOリストの項目に完了印をつける(視覚的に“できた”を感じるモチベーションが維持しやすくなります)。
  • 強化(ご褒美)は随伴的であり、やらなくてはいけないことを完了していなければ、自分にご褒美を与えてはいけません。←「後でやるから先にご褒美」はダメ!

自分にとって集中を妨げるものには何があるのか考えてみます。

ADHDの人は、刺激に敏感に反応し集中が分散してしまうので、そうならないために、目や耳に余計な情報が入らないよう先に対策を取っておくのは有効です。

●携帯電話は遠くに置くか、留守電にしてサイレントモードに設定。
●本や雑誌は目につかない場所に。
●テレビ、パソコンなどは消す。
●家族にも上記を宣言し協力してもらう。

外部からの音を柔らかく遮断するイヤーマフデジタル耳栓、集中しやすいリラックス状態を保つために、ホワイトノイズ発生装置(レクトロファンマイクロ)も役立つと思います。もちろん音量は耳障りにならない音量で、ですが。

ADHDの人は、目の前の自分にとって楽しい報酬を、遠い先のより自分にとっては大きな報酬より選ぶ誘惑に駆り立てられがちです。ここで自分との闘いになると思います。実際に、闘っては毎回負けている息子を毎日見ています(笑)。この重要な岐路に、目先の楽しさを取ることと、課題をやった後の報酬、達成感、自信、他者からの評価といった現実的な報酬を書き出してみましょう。

△明日提出のやらなくてはいけない課題があるのに、見たいテレビがあり、我慢できずに見る。→取り組むのが億劫になり、お風呂から上がったら・・・ご飯食べたら・・・と先送り癖が出現。→「うーん、明日、早起きしてやればいっか」→早起きできない、もしくは早起きしてもいつもの「まだ時間があるから大丈夫」癖が出て、結局巻きに巻いて雑な仕上がりか、まったく手をつけていないことになる。→当然叱られる、呆れられる、信用を無くす・・・結果評価が下がる。→自己嫌悪から自己評価も下がり、「ダメな自分」から自己肯定感も下がる。

こうならないために

○見たいテレビは録画にして、明日提出の課題に取り組む。→終わった後に「完了させた!」という満足感と達成感。→ご褒美の動画を観る(気持ちを引っ張るものがないので動画を楽しむことに集中できる)。→次の日に胸を張って提出(できなかった(やらなかった?)言い訳をしなくていいので気が重くない)。→完了させたことへのそれなりの評価。→やり遂げた自分への自己評価アップ。

これを自分に当てはめて視覚化してみてください。

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ADHDの課題【時間管理】について<4>:認知面の気付きと対策を考える。

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

4回目、次回5回目は、ADHDの時間管理/認知面の気付きと対策について考えていきます。

認知(思考)の歪みには、不安や抑うつを生む自動思考と呼ばれるものも多く含まれますが、あまりにも普段の思考に密接であることから、なかなか気付きにくいものです。

自動思考とは、起こった出来事に対する咄嗟の評価

で、その評価が正しいこともあれば、そうでもない時もあります。

ASDやADHDを持つ人は、“失敗”から自動思考が知らないうちに徐々に歪んでいくので、不安や抑うつに引き込まれやすい傾向にあります。

自分の【自動思考の中にある認知の歪み】に気付くことが第一歩になります。

克服するための第二歩が、

【歪んだ自動思考に気付き、その思考に自ら反論し、それに代わる合理的反応を自身で持てるようになる】ことです。

起こった出来事に対する【認知】が【感情】を生み出すのですが、この“認知(思考)”は、出来事が起こった瞬時に自動的に生み出されるものなので(だから自動思考)、その結果生まれる感情にばかり目を向けがちで、【認知】そのものはほったらかし、意識しないことがほとんどです。

認知の歪みを引き起こす自動思考にはさまざまな出どころがあるのですが、本題から外れるので認知について掘り下げてお話する機会に取っておきます。

自動思考、認知の歪みに気付くためには、感情そのものではなく、感情が生まれた出来事に対し、自分が“どのように受け取ったか”に意識を向ける練習が必要になります。

“不快”“辛い”“不安”“怒り”という感情の変化が起こった時にメモを取り、その感情にラベル付けしてみます。←毎回やるのは大変ですから、やれる環境にある時に意識的にやってみましょう。

前提)明日の大切なプレゼン用資料作りを任され、それを今夜中に仕上げなくてはいけないので徹夜になりそうです。資料作りに取り掛かろうとした時に憂鬱な気持ちに襲われるかもしれませんし、想像しただけで強い感情に襲われるかもしれません。

自動思考は何らかの感情と直接関係しています。今回、具体的にどのような自動思考が表れやすいのか見ていきましょう。

●それが【不安】からの場合
「どうしよう、もし失敗したらどうすればいいんだ・・・」「もうプロジェクトから外されるかもしれない」

●それが【抑うつ】からの場合
「あーダメだダメだ、こんなんじゃダメに決まってる!」「自分はなぜこんなことも満足にできないんだ」

●それが【怒り】からの場合
「自分一人にこんな膨大な資料を作らせるなんて上司は酷すぎる!」「要求レベルが高すぎる!きっと私に失敗させようとしてるんだ」

このように、起こった出来事(明日までに作成しなければならないプレゼン資料)により湧き上がってきた自分の感情(不安、抑うつ、怒り)を俯瞰し、じっくり観察してみることで、感情や行動(完璧主義や回避傾向)のトリガーとなる自動思考を同定していきます。

【認知の歪み】の具体例

●二分割思考(0か100か)完璧主義
物事を白か黒か、0か100かの両極端でしか捉えられない。
例:「もしこれで契約が取れなければ、もう自分は終わりだ」

●過度な一般化
一つのネガティブな出来事だけを根拠に、すべて悪いほうに捉える。
例:「自分は何一つまともにできない」「自分は幸せになんかなれない」

●“すべき”思考
過度に「〜すべき」「〜しなければならない」と考え過ぎ、それが実現できないと罪悪感や自罰傾向が高まる。自分の中の“べき”に則った行動をしてしまう。
例:「良くないおこないをする人には、どう思われてもその人のために注意すべきだ」「自分はクズなんだから、何を言われても黙って甘受しなくてはならない」

●レッテル貼り
たった一度の出来事で、自分や他者にネガティブなレッテル貼りイメージを固定してしまう。
例:「どんな綺麗事を言ったってどうせ裏切られる」「所詮女(男)はこういうものだ」

●結論の飛躍
結論が正確かもわからないのに(そのような事実はないのに)、ネガティブな解釈をする。<心の読み過ぎ、空気の読み過ぎ>と<根拠があるわけでもなく相手に確認もしていないのに、相手は自分に対しネガティブな反応をしていると思い込む>という二通りのタイプがある。
例:「自分が話をしていたのにスマホを見た、きっと話が面白くないに違いない」

●先読みの誤り
起きてもいないのに、悪い結果になると勝手に予想し、その予想が確立した事実と思い込む。
例:「同窓会で嫌な思いをするに決まってる、だから行くものか」

●選択的注意(以前お話した“選択的注意”とは違います)
小さな一つのネガティブな側面だけを取り出し、他を無視してそのことだけを考える。
例:「その髪型似合うね、髪の色はもう少し暗いほうがいいかも」に対し「どうせ似合わないと思ってるんだろう」

●自分への関連付け
実際に自分に責任がないことでも、ネガティブな出来事をすべて自分のせいだと考えてしまう。
例:「私が発表しているのにあの人が出て行ったのは、私の話が退屈だったからだ」←たまたま電車の時間だったかも、具合が悪く席を立ったのかも、と思わない。

●破滅思考
もし○○が起こったら、もしくは、〇〇が起こらなかったら破滅だ、と決めつけて考えてしまう。
例:「もし面接に落ちたらおしまいだ、自分は耐えられないだろう」「彼がいなくなったらもう生きていけない」

認知の歪みは極端な思考を呼び、不快感や不安、怒りといった強い感情を生み出しやすくなります。認知→感情、の感情にだけ目を向けるのではなく、感情の出どころ(認知)に意識を向ける練習を続けると、自分の自動思考に気付けるようになります。

自分の自動思考における認知の歪みを同定できたら、合理的な反論で、その歪みに自分で反論してみます。自動思考→認知の歪み→その認知に反論した合理的反応・・・の例を一つ出して考えてみましょう。

<例:やっとこぎ着けた就職の三次面接前夜>

  • 自動思考:次こそ面接で上手くやらなくては。はぁ、ちゃんとやれるのか本当に心配だ。毎回こんな時は神経質になってしまって、本来の自分が見せられたことが一度もない。もう10回目の面接だ・・・でも、こんな好条件な仕事は二度と私には巡ってこない。
  • 認知の歪み:破滅化、過度の一般化、先読みの誤り
  • 合理的反応:「いかんいかん、自分は少し神経質になってるのかも。でも、面接なんて誰でも緊張したり神経質になるものだよな。緊張するなんて面接する側もわかってるはずだし。よし!履歴書も職務経歴書も丁寧によく出来てる、緊張して多少上手く話せなくてもこれで自分をわかってもらえるだろう。」

もう一つ例を出します。

<何日も前から親に「片付けるように」と言われていた散らかった部屋、「そういえば片付けたの?」と聞かれました。>

  • 自動思考:「あっ、何もやってないや。はぁ、つくづく自分って怠け者でダメダメな人間なんだろうな」
  • 認知の歪み:過度な一般化
  • 合理的反応:「確かに自分を片付けは苦手で時間もかかる。でも、だからといってすべてにおいて怠け者というわけではないよな。まとめては難しいけど、今日はタンスだけ明日は机と机周り、というふうにやれば自分でもできるぞ!」

合理的反応を目指すためには、まず【認知の歪み】やそこからくる【自動思考】に気付かなくては始まりません。

ちょっと自己分析してみませんか?

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ADHDの課題【時間管理】について<3>:優先順位をつけましょう。

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

8月からのコラムの続きで3回目となる今回は、ADHDの時間管理/“優先順位”“TO DOリスト”について考えていきます。

優先順位を決める。
スケジュール帳を使って、優先順位をつける。

を目標に、TO DOリストの作成や優先順位をつけるコツを身に付けましょう。

優先順位をつけることがなぜ重要なのかお話します。

日常やらなければならないこと(やりたいことも含む)をすべて終わらせるために、残念ながら自分が思うほどの時間はないのが現実です。 ADHDがないほとんどの人でも、TO DOリストに挙げた全部に取り掛かり終わらせることは難しいものなのです。ADHDを持つ人は、今その瞬間に興味が向いた、目に入った目先の関心事に注意が向く傾向が強く、注意を持続することや注意の転換も苦手です。

参照: “注意”をADHD(ADD)の特性から考える 分割的注意とは?

また衝動性が高いのでそれを意識して抑える積極的努力も必要となります。そのため、ADHDを持つ人には【TO DOリストを視覚化 → 優先順位をつける】ことが特に重要となります。

先延ばしや後回しクセもあるので、提出物や支払期限が過ぎてしまうことを防ぐためにも、まずはTO DOリストを作成しましょう。TO DOリストは、1週間〜毎日のリストを作ります。そのためには、やらなくてはいけないことを優先順位云々気にせず、全部を書き出すことからになります。期日や時間を気にせず、思い付くまま書き出す場所を持ち(カレンダーやチラシの裏で十分です)、これは全体像として取っておきます。

次に、リストの項目横に優先順位や緊急性によりわかりやすく印をつけます。例えば、振り込み、支払い、引き落としの期日が決まっている、提出間近といった緊急性から<1:家賃やカード引き落とし、2:仕事、役所などの提出書類を書く、3:印鑑が必要、4:○日までに提出する>というように。

ゴミ収集は決まった曜日に毎週あるものですから、そこそこ大切でも重要度はそれほど高くありません。忘れても大丈夫とは言いませんが、やらかした感満載で真っ青になるほどのことではないですよね(笑)。

全体的なリストを書き出したら、重要度や緊急性が高いものを取り出し、1週間または1日ごとのTO DOリストを作成しましょう。ここまでやってからそのリストをスケジュール帳の予定に組み込みます。

●重要度、緊急性をもとに、優先順位、類似性によりやらなくてはいけないことを分類します。
→電話連絡しなくてはいけない用件などは一度に済ませたり、請求書はできる限りまとめて支払いなど。

●【今すぐ/なるべく早め/後で(少し後でも大丈夫)】を【A/B/C】というようにわかりやすく優先順位のルールを決める。
→ABCや★☆、●○など馴染みやすい記号などが目に入りやすく、意識に留まりやすいですよね。

優先順位をつけるコツが幾つかありますので、参考にしてみてください。

  1. 仕事に必要な時間を見積もり、スケジュールの中で時間配分をする。
  2. 会社(職務)以外の家庭や友人関係の用事は、就業時間外の時間や休日に限定する。
  3. 常時スケジュール帳を持ち、確認する。
  4. 自分の体内時計を意識し、疲れておらず、もっと集中できる時に、時間がかかったり面倒な事柄を予定に入れる。
  5. 効率を上げるため、類似性を考えてスケジュールを組む。
  6. できるようなら、面倒なことと楽しいことを抱き合わせてやる(掃除は大好きな音楽を聴きながらなど)。
  7. 常にやるべきことに優先順位をつけ、優先順位から外れたこと(自分がやりたいことや関係ないこと)をやりたい欲求が出たら、全力で抗う。←欲求に流されない意識。

何度か出ていますが、

【取り掛かれないのは最初のステップが大き過ぎる】

ので、対処しやすく分解しましょう。

次回は、時間管理における情緒的な問題を考えていきます。

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ADHDの課題【時間管理】について<2>

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

2回目となる今回は、ADHDの時間管理/随伴性自己強化を使い、気が進まないタスクを少しでも楽しいものにする、についてお話します。

複雑な仕事や気が進まない事柄を対処しやすく分解する。

随伴性自己強化を使う。→やりたくない(不快感を伴う)ことを終わらせた後に、自分自身に報酬/ご褒美を与える計画を立てる。

自分への強化子(具体的な報酬、ご褒美)リストを作る。

この3つが今回のキーワードです。

単調な繰り返しがひたすら続く。

・興味がなく退屈な仕事。

・複雑で細かく時間がかかる仕事。

などは、ADHDを持つ人にとって完遂が特に困難です。

これらに対処するために効果的なのが、

【仕事(やらなくてはいけないこと)を大きな塊と見なさず、無理なく取り組める程度に小分け、“まとまり”に分解し、“まとまり”となった仕事が一つ完了するごとに自分に報酬(ご褒美)を与える】

というやり方です。

大きな仕事(複雑で時間がかかる、手順が面倒など)がドーン!と目の前にあると、山のようにやらなくてはならないことばかりに意識が向き、途方に暮れて、どこから手を付ければいいのかわからず、ますます手を付けるのが億劫になります。

そこで、自分がやろうと思っている仕事のボリューム、それを完了させるために費やす時間(あるいは労力)を“これなら容易に終わらせられる”と感じられる程度(のまとまり)まで小分けします。

大枠で<大掃除>を例にとると、「やることは何だかいっぱいだし大変そうメンドクサー」・・・になるので、“今日はすべての部屋の窓だけ”“トイレだけ”“バスルームだけ”と計画を立て、『他はやらない』と決め、小分けしたそのまとまりにだけ取り組む感じです。まとまりの一つである“今日はすべての部屋の窓だけ”を終わらせた後に、“好きなDVD(動画、ゲームなど)を1時間半”というふうに、随伴性自己強化のために前もって書き出していた“ご褒美リスト”から、自分に対し“強化子(ご褒美)”を与えます。

難しいのは、「ご褒美を先にもらっておいて後から頑張ればいいや」という、いつもの先送りしそうな気持ちが持ち上がることです。ADHDは極度に面倒臭がりでもあるのです。息子は毎回このパターンで、自分一人ですぐに終わりそうなことも完遂できず、鼻先にぶら下げるニンジンを先に欲しがるので(笑)、私がストッパーや柔らかい鞭になっています。

前記の“すべての部屋の窓だけ”掃除も、『うちには○枚窓があるから、だいたいこの位の時間がかかるな』と見通しを立てなくてはなりませんから、ここで必要なのが、【1】でもお話した

自分はこの(ボリュームの)仕事を終わらせるのに、どのくらいの時間が必要か

の見通しを立てられることが重要になってきます。時間を少なく見積もると焦って雑になったり抜き落ちが出てきますし、多く見積もり過ぎると、「まだ時間あるから大丈夫だし〜」とダラダラやりながら目についたテレビや雑誌などに注意が逸れてしまいます。なので、

今の自分の集中が続く時間を自分自身がわかっていないといけない

のです。

ADHDを持つ人には【手を付けられないのは最初のステップが大き過ぎる】というのがあるので、前記の“今の自分で容易に終わらせるだろう”程度の小さなまとまりにし、取り掛かるハードルを下げるのです。

より細かく大掃除を例にみてみましょう。

やる気があっても、気持ちとやる気だけが大きく、いざとなると取り組む(実行)ハードルが高いのがADHDです。

初めは【すべての部屋の窓だけ】でしたね。窓掃除に必要なものは何でしょうか。それをイチから探して準備するところからだと、ADHDにはそれだけで面倒で面白くないひと仕事になってしまい、本来の目的である窓掃除に辿り着く前に集中が途切れる可能性がありますから、前日準備という予備日を用い【窓掃除に必要な掃除用具を全部揃え、2日目にすぐに取り掛かれるように目につくところに置いておく】を目標にしてみましょうか。

バケツに雑巾、洗剤に必要ならスクレイパーや下に洗剤が垂れないように敷く新聞紙、汚れものを捨てるビニール袋など。1日目はまず、考えながら何が必要か最初に書き出し、それからひとつひとつ準備していきます。1日目は【窓掃除】はしなくていいわけですから、終わりの見通しが立てやすいですよね。集中も持続できるはずです。

2日目、もう窓掃除の準備は終わっていますから、それを見れば大掃除で窓掃除をする予定だったことは思い出しますし、すぐに作業に取り掛かれます。仮に『(今日の、今の)自分の集中は40分が限度かな』と思うなら、ひと部屋の窓だけならラクに終わらせられると考えられるので、まずは目先のひと部屋の窓を終わらせ、強化子(例えば好きなお菓子を食べて15分休憩などのご褒美、報酬)を与え、次の部屋の窓掃除をするとよいと思います。

家に何十枚も窓がある人を想定していないので、ひと部屋終わるごとにお菓子を食べて15分休憩しても、1日あればすべての窓掃除が終わります(笑)。

仕事を絶対に終わらせられる小分けの量にして、「おー!できたできた終わった!頑張ってできたよ、自分」という

小さな小さな成功体験を積み重ねていくことが重要

なのです。最初に、自分自身に報酬(強化子)を与える計画を立てると話しました。←(随伴性自己強化)これは自分の好きなことで構いません。ウォーキング、友達に電話、ネット、おやつ、散歩、テレビや動画視聴など。取り掛かることや完了させることができずに悩んでいるのなら、仕事が終わったらすぐに手に入れらるような強化子を考えてみるとよいでしょう。

時間記録、時間見積にはこのような雛型があるとすぐに書き込めると思いますので参考にしてみてください。

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ADHDの課題【時間管理】について<1>

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

ADHD(重複含む)を持つほとんどの人にとって、時間管理はとても厄介な問題です。

いつの間にか時間が経っていた、時間がなくなった・・・と感じることが多いのに、やらなくてはならないことがある時に、なぜか時間が足りません。きっと時間経過に謎を感じている人も多いのではないでしょうか。忘れやすさや時間管理に衝動的な言動、衝動買い。困り感に目を向けると、ADHDには生活上困る要素がたくさんあります。

今回から数回にわたり【時間管理】についてお話していきますが、初回となる今回は、さまざまな困り感の中から【時間管理/時間を意識する、スケジュールを組む】について考えていきましょう。

①自分の中にある時間意識を改善する。

スケジュール帳を使い、あなた自身の日々の活動に必要な時間を記録していきます(起床〜身支度〜食事〜出掛けるまでなど)。

とても骨の折れる面倒な作業ですが、効率よく予定を立てるためには物事を終わらせるのに“自分は”どれくらいの時間がかかるのか見当をつける必要があるからです。常に目につくところに時計がなければ時間をうまく管理することは不可能ですから、どの部屋にも目につくところに時計を置き、支障がない範囲でできれば見やすい腕時計を身につけ、「何時かわからなかったから」という自分への甘えをなくしましょう。もちろん、置いておくだけでは時間管理はできませんから、時計を意識して見ることが大切です。

「時計なんて見なくて大丈夫」と思った途端、問題に陥ります。時間はその経過を意識して追っていかないと、知らない間に過ぎ去っていくものだからです。←結果『私の時間、どこいった?』になります。

②スケジュール帳を準備しましょう。

スケジュール帳は1冊だけにし、時間とスケジュールが書き込めるよう1マスが大きいものや、1日を時間軸で書き込めるものを選び、開くとすぐにわかるようなものにしましょう。

時間管理を身につけるために日々使うものですから、見た目や可愛さやカッコよさではなく、自分が書き込みやすく見やすいものを厳選し、その1冊に専念し途中で放り出さないようにしてください。すぐに取り出し書き込めるように、ペンホルダーをつけたり、差し込めるペンを選び、常にペンも一緒にしておきます。お気に入りの使いやすいペンや付箋を使うとモチベーションも高まると思います。

ADHDの面倒臭がりが発動すると、すぐそこにペンがなければ、わざわざペンを持ってくることや探すことすら面倒になり、結局スケジュール帳を書かなくなるか、先送り癖が出て「後で書くからいいや(本人は覚えておけるつもりでも実際忘れ去ること多→結果書かない)」になります。

今は便利なアプリもあるようですが、私は敢えてアナログな手書き、スケジュール帳を勧めています。これは『アプリは悪!』ではないので、自分に一番合ったやり方で構わないと思っています。

③やらなくてはいけないことや約束の時間など、すべてスケジュール帳に記入する。

やらなくてはいけないことや約束を書くことで、スケジュールが確約するのだと意識してみてください。

④毎日、少なくとも朝、昼、夜にスケジュール帳をチェックする。

計画なしで1日をスタートさせない癖をつけましょう。いくらスケジュール帳に書き込んでも、定期的にチェックしなければ意味がないので、チェックすることを毎日繰り返し繰り返し習慣にしてください。

夜は、翌朝にやらなくてはいけない服薬や持っていく物、提出課題、人と会う予定があるなら待ち合わせ時間や移動交通機関などの確認、朝はスケジュール帳をチェックし、やらなくてはいけないことをやり、何にどれだけ時間がかかったのかも記録します。少なくとも1日1回はスケジュール帳を更新し、完了していない項目や変更があった部分のスケジュールを立て直してください。書いて終わり、見て終わり、だと時間管理になりません。

最初はスケジュール帳をチェックするのも忘れがちかもしれないので、スケジュール帳チェックのキーワードや合図を自分の行動の中に関連付けて決めましょう。例えば・・・朝顔を洗ったら、コーヒーを淹れる時、ランチ終了後すぐ、歯磨きが終わったら、お風呂から出たら、などです。

⑤うまくスケジュールを組むコツを身につけましょう。

繰り返しおこなうこと(服薬、朝シャワーの人はシャワー、月末の請求書払い、銀行など)は毎回同じ時間に予定してください。

毎月決まった日の支払いなど、予定を立てる上でわかっていることはスケジュール帳に書き込んでおきます。難しいことや時間がかかると思われることは、最もやる気がある(疲れていない)と考えられる時に設定してください。

「自分は今とてもやる気がある、元気だ」と感じた時には、やりたいことではなく最も面倒、困難だと思われることから取り掛かりましょう。これには今まで先延ばしにしてきたことも含まれます。

面倒、困難なことに取り掛かった場合、途中で「後でまたやろう」と先延ばしにすることは止めましょう。止めたことを再開するのは、最初に取り掛かった時よりもはるかに困難だからです。

小さな事柄は“すき間時間”に組み入れます。例えば、列に並んで待っている時、バスや電車に乗っている時、お風呂に浸かっている時間やお湯を沸かしている時間、洗濯待ちをしている時間など。

スケジュールはキツキツに組まず、必ず“リラックスタイム”を挟みます。キツキツにスケジュールを組むと、焦りから抜け落ちが増えたり、息つくひまがない!という気持ちから心身疲労が高まります。

すき間時間にできる小さなことは何かを考えてみましょう。ざっくりスケジュールを立てる、郵便物を開封したり請求書を仕分ける、夕食や週末の予定を決める、読もうと思っていた本を読んだり音楽を聴く、など。

すき間時間は時間の断片です。この小さな“時間の断片”を有効活用することで時間を節約できるので、改めてこの“すき間時間”を意識し、何ができるかを考えてみましょう。スケジュール帳を見返すことで、あなたにも絶対にあるすき間時間がどこにあるのか、わかると思います。

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アスペルガーの持つこだわり〜パートナーを通して考える【後篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前篇では私のパートナーにおけるアスペルガーのこだわりを、私の視点で書いてみましたが、後篇ではアスペルガーであるパートナーから見た視点で、定型と言われる人々や、定型を基準に構成されている社会がどう見えているのか、『アスペルガー視点による定型』を聞き取ってみたので書いてみたいと思います。定型の人には耳が痛いことや辛辣な言葉もあると思います(笑)

——幼少期を振り返って、“何か違う”“なぜ、みんなそうなんだろう”と思ったことは?

幼少期より極度な人見知りだった。よく覚えているのは幼稚園児の頃は家以外のトイレには入れなかった。それは『行きたいけど行けない』ではなく、家のトイレ以外を『汚い』と感じていて強い抵抗感があり、我慢していた。幼稚園であれ学校であれ、当時の公衆トイレは和式が主流で、使い方に不慣れだったこともある。公衆トイレには和式・洋式問わず今でも抵抗感はあり、家まで我慢できるなら極力我慢している。
また、一人遊びが好きで(例えばミニカー。ここでも自分なりの規則性があり、無意識にそれに則って)いつも一人で遊んでいたが、母からは「友達と遊んできなさい」と言われて苦痛だったことを覚えている。親しい一部の人以外と関わるのが嫌だった。今思えば極度な人見知りも影響していたのかもしれない。中学生になるまで、俗に言う『おとなしい子供』で母が友達ができるか心配したほどだった。

——他者に言われて、頭ではわかるけど、自分にはどうにもこうにも納得できなかったことは?

日本人が重んじる協調性や同調圧力には納得がいかないことが多い。『察しろ文化』が苦手。見返りや貸し借りと感じることがある。組織においては、雑用などは新人や下の者がやるべき、ということが当然とされていることも納得がいかない。基本的には『気づいた人がやればいい』と思っている。それを頭ごなしに新人や下の者の役目、と言われたり強制されると『なんで?』と心の中で合理的理由を求めてしまう。

——社会に出るとさまざまな人と関わることが増えるが、どういった場面や部分で違和感があったり、理不尽と感じるか?

さっき言った、新人や下の者はこうあるべき、こうすべき、みたいなことは今でも理不尽だと感じている。大体において合理的理由を言ってくれることは、まずない。言ってくれて、その理由に納得しさえすれば素直に聞き入れられることもあるのに、言われないことのほうが多いから、理不尽と感じることも多くなる。なぜ合理的理由を言わないのか、いまだにわからない。それでも仕方なくやっていると、やる気がないだの、ちゃんとやれだのと文句を言われる。まったく理不尽だ。定型の思い上がりを感じるね(笑)

——他者と関わりを持つ中で、納得がいかないところはどんなライフハックを身につけてきたか?

ライフハックと言えるのかわからないが、就職してからは飲みに行くことで、自分一人で消化しづらい感情をリセットしていた。ただチェーン店の居酒屋で飲むことは絶対になかった。そういう所では消化どころか、逆に落ち込んだり怒りが募ってくるから、一人で行っても話せる飲み屋にこだわっていた。手っとり早いのはキャバクラとかクラブとか、オネーちゃんがいる店ね(笑)同時にバーを探していた。行きつけになれば一人で行ってもバーテンと話せるし、家でもない職場でもない第三の居場所になるかな、と思って。ライフハックという言葉は知らなかったから、当時はいい意味での『逃げ場所』という認識だった。今でもそうだが、自分にとってそういう飲み屋=再生ドック、と思っており、気持ちの重み、澱を軽くする場所になっている。

——定型と言われる人たちのどこが面倒、必要ないだろうと思うか?

言葉でちゃんと言わないくせに、ヘンな協調性を求めたり、気持ちにしろ、行動にしろ、こういうものだ、と勝手に決めつけ、無意識に押し付けてくるところがメチャクチャ面倒で迷惑。『オマエの価値観を押し付けるな』と思う。具体的には上手く言えないが、一度相手と根本的に文化が違うと思ってしまうと、話し合っても無駄だと思っている。それから、合理的ではないことを、合理的ではないとわかっていながら『そういうもんだから』と合理的にしないところは、非難を承知で、もはや『バカか』と思ってしまうね。
また、関心がない相手には聞かれたことには答えるけど、オレからは聞き返すことはないね。例えば、相手に「ご出身はどちらですか?」と聞かれれば「東京です」と答えても、「〇〇さんはどちらですか?」と聞き返さない。だから会話が続きにくい(笑)。場面によっては意識して聞き返すようにしているが、そういう時の後は尋常ではないぐらい疲れるね。『聞き返してほしいんだろうな』『聞き返したほうがいいんだろな』と思うことがもう面倒だし、そもそもこっちは答えたのだから、聞き返されなくても言え、と思う(笑)

——今まで他者に共通して何度か言われてきたこと、思い返すことはあるか?

何を考えているかわからない、地雷がわからない、ミステリアス、親からは難しい子、と言われている。急な予定変更や予定どおりにしてくれないことには怒りを覚える。定型の人もそうかもしれないが、筋が通らないことも嫌だし、そういう人は絶対に信用しない。ただちょっと違うのは、人を『性悪説』で見ているところが定型よりも徹底しているかもね。大体において言行一致であるかどうかをシビアに見ている。

——人間関係、恋愛遍歴の中で、今思うとアスペルガー特性が起因で衝突、スレ違いがあったエピソードは?

妹の披露宴の時。最初に記念撮影をするということで、予定の時間より10分前に会場に着いたのに、ホテルスタッフに「皆さんもう雛壇に整列されているのでお急ぎください」と到着早々言われ、反射的にブチギレた(笑)オレは遅刻していないのに、あたかも遅刻したかのような言い様だったから。しばらくして聞いたが、あの時はブチギレという言葉では済まない、それとは種類の違う、恐怖を抱く凄まじい激怒だったようだ。
それから、恋愛遍歴での衝突はない。アスペルガー特性がどうのこうのという域までいかないうちに終わってしまうか、終わらせてきたから。だから今までの恋人はオレがアスペルガーであったことは知らないと思う。オレ自身ここ2〜3年で自分がアスペルガーだと自覚したんだから(笑)
また、過去の失敗経験から『前は〇〇だったから』ということで、自分の中に“人間行動パターン”を持つ傾向がある。過去の失敗経験に似た場面だと思ったら徹底的に避けるし、そういう人がいたら必要最低限しか口をきかない、目も合わせないね。

——定型に対して思うことは?

もっとドライでいいと思う。美談と言われる話は辟易する。『愛は地球を救う』というテレビ番組、あれは鬱陶しいよね。あと『みんなと一緒』思考がまったくわからない。みんなと同じでないと不安になるという心理が理解できない。新卒一括採用で必死に就職活動している学生は滑稽にしか見えない。一社からも内定を得られず自殺する学生もいるらしいが、へぇー、ぐらいしか感じない。長い物に巻かれなければ上手く生きていけないのが定型社会だとしたら、オレみたいなアスペルガーはある意味最初からアウトロー、生きにくいわけだよね。だけど、そういう定型社会はもう限界に来ていると思うな。ダイバーシティとか多様性とか、ある部分で既存の定型社会では収まらない価値観が出てきているから。定型連中はそれに気づいて多様性とかダイバーシティとか言っているのか知らないけど、多分そんなことは考えずに流行りに乗って言ってるだけだろうな、実際、現場は多様性やダイバーシティなんて程遠いし、絵に描いた餅にしかなってないから。そもそも人は多種多様なんだから、今さら何言っちゃってるの?と思う・・・あのさぁ、定型ってバカなの?

——屈託のない笑顔で「定型ってバカなの?」という問いに思わず噴いてしまいました。決して彼は自分は頭がいいという意味で言っているのではなく、子供がするような、無垢な質問という感じでしょうか、車椅子の人を見て「あの人はなんで足がないの?」みたいな感じですかね(笑)

——私は(ド)定型だけど、定型に対して何か意識していることは?

そうだな、共感することかな。共感ポイントを見つけて意識的に共感するようにしている。腹の中では違うことを思っていても言葉や文字では“この場合、こう言った(書いた)ほうがいいんだろうな”と考え、パターン化している。(定型である)君を見ていて『もっと(言いたいことを強く)言えばいいのになぁ、ユルいなぁ』と思うことはある。オレから見て、そういうところは【定型障害】という定型ならではの障害なんじゃないか、と思ってしまう。あえて定型障害と表現すると、定型は一般的に「察することが善」を無条件で求め、当然のことと考えている、「“みんな”はこうしている」を当たり前に求め、それをやらない(できない)と調和を乱す異分子と受け取る傾向がある気がする。疑問があっても「みんなそうしている」という文系的な答えで合理的な答えが返ってこないのは【定型障害】の典型例だと思う。こういう中で生きていると、定型善、発達障害悪という風潮に「定型ナニ様?」と感じるね。そういうところ、定型も振り返って改善したほうがいいよ。自分達を障害と思ったことがないだろ、だからオレに【定型障害】とか言われちゃうんだよ(笑)

【定型障害】という造語には目からウロコというか、そういう視点はなかったなと思って、無意識に定型を基準に物事を考えていた自分にハッとしました。彼が「定型ナニ様?」と言うのもわかります。定型のほうがマジョリティな社会だから定型側を基準に考えがちですが、それ自体傲りで反省すべき点かもしれません。

パートナーはアスペルガーだから生きにくいと感じつつも、定型に合わせようとはせず(合わせる気がない)、場合によってはぶつかることも厭わない姿勢がここまで言えるのかな、とも思いました。どこか正々堂々としているというか、上手く言えませんが、アスペルガーだからといって卑屈ではないことは確かです。もし「どうしてそういうふうにいられるの?」と聞いたら、

「なんで定型に合わせる必要があるの?」

と、逆に聞いてくる姿が目に浮かびます(笑)

今月15日土曜日は夏季休業のため、コラムはお休みします。お盆明けは20日木曜日から掲載します。

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アスペルガーの持つこだわり〜パートナーを通して考える【前篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

以前このコラムでもパートナーがアスペルガーであることや、それが起因で数々の修羅場など、パートナーからも当時を振り返ってもらいながら聞き取りをしたことを連載しました。

パートナーはASD<アスペルガー疑惑編> パートナーはASD<カサンドラ愛情剥奪症候群編> パートナーはASD<アスペルガー受容編>

今回は、見た目にはまったくわからない彼のこだわりの部分について、少しお話しようと思います。

アスペルガーやADHD、LDといった発達障害は見た目にわかる障害ではありません。

私自身、名称に『障害』とついていても

独特の認知を持ち、得手不得手のバラツキが大きく、定型と言われる人たちとは少し違う脳の作りをした個性豊かな人たち。時として本人や周りに困り感が表れ、私生活や社会生活に影響が出てしまう人たち。

という理解をしています。

比較的わかりやすい特徴が表れ、気付かれやすいADHDとは違い、パートナーはADHD要素を1ミリも持っていない、純粋アスペルガー(笑)のようで、踏み込んだ関係にならなければわからないことが多くありました。

実際に、私のようにパートナーがアスペルガーという人もいると思いますが、付き合い始めはわからないか、小さな違和感程度だったはずです。

コミュニケーション、想像力、社会性に障害を持つと言われるアスペルガーですが、その特徴の表れ方は濃淡だけでなく千差万別で、こだわるポイントもその人ならではの個性的なこだわり方です。見た目からはまったく気付かなかったのですが、彼はかなりの鉄ちゃん(鉄道マニア)で、私が勝手に思い描いていた鉄ちゃんイメージを覆してくれました。

鉄道好きのアスペルガーの男性は本当に多く、電車そのものに留まらず時刻表も大好きです。車体にある形式記号(モハ←モーターがある車両。厳密には車両重量と車両用途を意味するらしい)など、とても熱く説明してくれるので私も詳しくなりました(笑)

電車も何でもよいわけではないようで、細かいこだわりがそこここに見られます。どこにどんなこだわりポイントがあるのかを知ることで、より一層理解を深めることができました。

食(内容だけでなく)に対するこだわりもありますが、数字や規則性へのこだわりがはるかに強いようです。

SNSへの投稿は一年の始めに彼なりの法則に則り、日付、曜日から投稿する時間を何時何分何秒まで決め、投稿前はパソコンに張り付き、時間を気にしています。さらに投稿する日も3日おきと決めており、偶数分と奇数分を交互に投稿しています。

記憶力の優れた人ですが、頭で記憶しておくだけではなく、パソコンに“〇〇の投稿は何日、何曜日で時間は△△、◇◇の投稿日は〜”と一覧にしてあり、月に一度変更するカバー画像の変更日時も決めています。

「マヨネーズはキューピーがいいな、なければ味の素でも・・・まっいいか」程度のこだわりしか持たない私からすると、そのマメさ細かさに驚きを隠せません。

私は彼の数字や時間、予定や食へのこだわりをできる限り尊重しています。こだわりもなく、臨機応変な切り替えも苦ではない私は、パートナーに対し無理をしたり我慢しているわけではなく、一緒にいることが彼の負担にならないように、という思いからくるものです。

自分のペースで過ごす一人の時間が絶対に必要な彼を深追い(笑)しませんし、なぜかご機嫌ナナメな時はひたすらそっとしておきます(放置?)。認知も消化の仕方やスピードも違うので、彼のペースを第一に考えます。

話をしていて認知の違いを感じる場面も多くありますが、「私は〇〇と感じるし考えるけど、彼は違うのか、そうかそれは実に興味深い」で、よほどのことがなければ問題にもなりません。

今は衝突することはありませんが、アスペルガー対応がわからなかった時はとにかく疑問だらけで、会えば話せば見事に地雷を踏みまくりました(笑)彼のこだわりが強く表れる“食”について面白いエピソードがあります。

一日一食(しっかり食べるのは昼食だけ)の彼が昼食にかける情熱は並大抵ではなく、大概は「今日は〇〇を食べる!」と決めて出かけますが、何となく出かけ、気に入るお店を探すこともあります。

たまたま彼の気に入るお店があればいいのですが、歩き回ってもなかなか見つからないこともあり、私は“とりあえず”を提案してみるのですが、瞬く間に却下されます(笑)

まず店構えが気に入らなければ、どんなにオナカが空いていても絶対に入りません。こだわりに妥協しない(できない?)アスペルガーらしい部分ですね。

普段歩くことは構わないのですが、如何せんオナカが減っている中での『まずは店構えから』なので、最初はかなり狼狽えました。アスペルガーでなければ、ここまで彼女を気遣い(オナカ減ってるだろうなぁ)適当なところで手を打つと思うのですが、彼は「ハルはどこか他で食べてもいいよ(自分はまだ探すから)」です(笑)

私はオナカが空いて不機嫌になることはありませんが、最初は「〇〇食べたいなー」だったものが「ココイチでもいいや、いや、コンビニでも構わない」と、どうでもよくなってきます。それを伝えると彼は

ハルは生き方が雑だな〜。

と言われます。あまり言われることがないと思います。

生き方が雑。

細かい、生真面目と言われることはあっても、雑と言われたのは生まれて初めてで、しかも【生き方が雑】ですから、「生き方が雑って、ナニ〜!?」と見事にツボにはまりました。

野生(アスペルガー?)の勘なのか、店構えを気に入り「ココだ!」と彼が選んだお店は間違いなく美味しいので、それからはお店選びは丸投げでお願いしています。

こだわりが少ない(ない)側が、こだわりが強いほうに寄り添っていくほうが上手くいくので、それを「譲った」「我慢した」「合わせてやった」と捉えるタイプの人だと絶対にうまくいかないでしょう。

させられた、と感じると、人は積み重なった時に不満を持ち、他責傾向が高くなるものです。

次回は発達障害という単語に対し嫌味も込めて【定型障害】という表現をするパートナーが、アスペルガー視点から定型と言われる人たちをどう見て感じているのかを、本人に聞き取りした内容をまとめてお話したいと思います。

定型に対して嫌味も含まれ歯に衣着せぬ本音トークだけに、辛辣な表現が予想されますが・・・(笑)定型から見たアスペルガーのブログや書籍はあっても、アスペルガーから見た定型についてのことを聞く機会は少ないので貴重でもあります。

ユニークなこだわりや独特の認知スタイル、感情コントロールが苦手で個性的な世界観を持つアスペルガー。アスペルガーのパートナーから、定型がマジョリティとされる社会や人々はどう見えているのでしょうか。

今月15日土曜日は夏季休業のため、コラムはお休みします。お盆明けは20日木曜日から掲載します。

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何だか疲れるズレ

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回の会話泥棒についでに、会話のズレについて話そうと思います。

どんな場面でズレて、何故ズレるのか、ぶっ飛んだトンチンカン返しになるのか考えてみます。

話をしていて、激しくトンチンカンな場合もあれば、微妙な会話のズレとしてモヤモヤすることがあります。これも重複がある息子を例に会話のズレを見ていきましょう。

中学生の息子はASDもある重複で、会話から早合点したり、違う方向に勝手に解釈したり、他者感情を考えない独特の受け取り方や被害的な受け取り方をする特徴があります。それが原因で、起こらなくてもよい衝突が学校でも家庭でも日常的に起こります。

まず彼は、コミュニケーションの大原則、5W1Hのどれもが適当か、スッポリ抜け落ちたコミュニケーションスタイルで、彼の話したいことに辿り着くまでかなり時間がかかります。

「話したいことを今言いたい!今!!」というADHD衝動性に突き動かされ、頭に浮かんだことからそのまま口に出すので、のっけからまったく意味がわからない、端折りまくりの、息子本人にしかわからない噛み合わない会話(?)がスタートします。

例えば、とある日の息子との会話。

息子:800円!
:いきなり何??
息子:(微イラ気味に)だーかーらー、提出!!
:教材徴収金ね、プリントと封筒をもらってない?
息子:(中イラ気味に)だーかーらーっ!教材費!!
:それはわかった、プリントと封筒があるんじゃない?
息子:明日800円いるんだよっ!!
:それもわかった、いつも教材費徴収連絡プリントと一緒に封筒をもらってくるでしょ?
息子:お釣りなく出さなきゃいけないんだってば!!
:いつもそうだから知っているよ、封筒ないの?こっちで用意するの?
息子:1,000円札じゃダメって言われた!
:だからさ、さっきから教材費用の封筒あるかどうか聞いてるでしょ?
息子:(イライラMAXぶちギレて)もー!!話通じないなっ!

かなり、かな〜り疲弊します。彼の頭の中では話したいストーリーが全部繋がり出来上がっていて、私の頭の中でも繋がっている(わかるはず)と考えているのです。私はただの凡親でエスパーではないので、いきなりの800円から息子が言いたいことを全部を察し、汲み取ることはできません。でもそんなことはお構いなしなのが息子です。

これは極端なトンチンカン返しですが、微妙な会話のズレはもっと頻繁です。

:このマンガ面白いね、動物好きな人が描くマンガって、生き物あるある多くて面白くない?
息子:この人、カエルの絵下手。
:いやいや絵の上手い下手じゃなくて(実際は特徴を上手く捉えていてとても上手い)、内容、内容。
息子:こんなカエルいるわけない、見たことない。 ←マンガだからデフォルメされている。

↑全然会話になっていません。

:今回の都知事選は立候補者多いね、ビジュアルもマニフェストもなかなか個性的だよねー。
息子:気持ち悪い、落ちればいいのに。具合が悪くなった。
:いきなりナニ??
息子:僕は投票しない。←そもそもまだ君に選挙権もありません(笑)

↑人の話を聞いてませんね。

一度ICレコーダーで普段の会話のやり取りを録り(いつも会話がズレるので、いつ録っても見事なズレっぷりが録れる)、コミュニケーションのどこにズレがあるのか二人で聞いたことがあるのですが、息子曰く「母さん・・・意味わかんない!オカシイ!」と、自分ズレしてない自分オカシクナイ!で話になりませんでした。

ASDの人と会話をすると、心の理論が薄かったり欠如していたりすること、認知の違いから微妙にズレた会話になるのはよくあることですが、息子はかなり極端だと思っています。

はっきり言語化されていなくても、会話の中からの情報を繋ぎ合わせたり、表情、仕草といったノンバーバルコミュニケーションから、察することや汲み取りは得意なのですが、日々息子とやり取りしていると、会話がズレずトンチンカンなことを言い出さない人と、しっくり噛み合った話をしたくなるもので、そんな時は仲の良い友人相手にガス抜きさせてもらっています。

「朝から雨だと気分が上がらないよね」と話し掛けたら、皆さんはこの他愛もない雑談にどう答えますか?ちなみに息子は「梅雨なんだから当たり前に雨降るよ」でした(笑)

このやり取りをズレと感じますか?ズレていないと感じますか?コミュニケーションとしてまったく成り立っていないわけではありませんが、明らかにズレています。

普通(この表現はあまり好きではありませんが)は「ほんと、憂鬱な気分になるよね」だったり、「え、雨好きだからウキウキしちゃう(笑)」になるものです。何故なら、朝から雨だと“気分が上がらない”という“気分”について話が振られているからです。

「困ったな、事故で電車が遅れてるから取引先に間に合わない」に対し、「日本の鉄道は世界一正確だと言われてるんですよ」だと、ズレていると思われてしまいます。私も当然ズレを感じますが、間に「それは困りましたね、連絡取れてますか?」→「すぐに電話しなきゃ」からの「日本の鉄道は世界一正確だと言われているんですが、事故だと流石に遅れ出ちゃいますよね」という流れであればズレもトンチンカンも感じません。

A:ここのホットサンド、美味しいんだよ。
B:パセリ、嫌い!

これでは会話が噛み合っているとは言えませんよね。Bは言いたいことを言ってるだけで、コミュニケーションとは言えません。

会話はキャッチボールです。

投げっぱなしは会話ではないのです。

気になるキーワードにだけ注目して反応し、目の前にいる人が何を言わんとしているかを意識(無意識にですが)して噛み合った会話をしないと「何だか話が通じない」「ちょっとズレてる」「人の話、聞いてないの?」と思われているかもしれません。

「そんなこと言っているんじゃないんだけどな」←着目点のズレ

「何でそう受け取っちゃうかな」←認知の違い

これが繰り返されると「あーもう疲れる・・・。」になるものです。

会話する、って案外難しいものだと思いませんか?前回に引き続きコミュニケーションについて書いてみましたが、改めて自分のコミュニケーションスタイルを意識したり、自分のクセに目を向けてみると、今までよりより会話が弾んだり、コミュニケーションが楽しくなるかもしれません。

あなたのコミュニケーションクオリティがワンランクアップするといいですね。

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