TVドラマの主人公はアスペだらけ、を個人的に考察してみる【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回に引き続き、今回は『ドクターX』と『臨場』です。

「わたし、失敗しないので」が決め台詞の『ドクターX』の“大門未知子”。

孤立型風味のあるASD積極型でADHDもあるように思います。

人の話を遮り、何でもかんでも「私に切らせて!」は、自分の興味関心のある場面だと人の話を最後まで聞かず、被せたがるADHDの衝動性を感じます。質は違いますが杉下右京より、はるかに空気を読まないですよね(笑)

また、オペ時のあの集中力は間違いなくどちらの特性にも共通する過集中からくるものでしょう。手術というチマチマした細かい作業にじっくり取り組めるのはASDからの特性と思われます。他者からの評価をまったく気にしないところは右京さんに通じる孤立っぽさもあります。

ガチの孤立型と違い、自分のペースで他者と関わることに苦痛を感じませんが、自分の信念は絶対に曲げない頑固さがあるので組織の中では衝突が起き、結果浮きまくります。

それを気にしないあたりはやはりASDですね。

この中でダントツ空気を読まないのは『臨場』の検視官“倉石義男”でしょう。

亡くなった妻と植物を愛し、いつも自分で大切に育てた朝採り野菜をビニール袋でぶら下げ、きゅうりやトマトを齧りながらピリピリ感漂う現場に臨場します。←このエピソードだけでASD確定です(笑)

警察組織にいるにも関わらず、あの浮きっぷりは右京さんや大門さん以上に組織向きとは言えません。まさに我が道を行く、という感じですね。

倉石検視官に関しては、右京さんのような孤立型を感じながらも、以前結婚していた時は受動型ではなかったのかという疑念が生まれます。

ところどころ亡くなる前のエピソードが挟み込まれているのですが、孤立臭がしないんですよね。大切な人を亡くし、深く傷ついた経験から他者との間に垣根を作り、孤立型っぽい(且つ尖りまくり)表れ方をしているように見えます。

倉石検視官も「根こそぎ拾う」と言っているように、物凄く細かな小さな違和感に目がいくタイプです。植物の世話をしっかりやり、雑然としていても無秩序にとっ散らかっていないあたり、ADHDっぽさは感じられません。

余談ですが、『遺留捜査』の“糸村聡”もまたASDと思われます。常に穏やかな雰囲気は受動型を思わせます。

一方遺留品へのこだわりは尋常ではなく、ドラマでは同僚刑事たちに呆れられています。いつの間にかコンビを組んでいる相手そっちのけで、遺留品の真相や意味を捜査し、どこかへ行ってしまうマイペースっぷりはASDそのものです。

月島中央警察署刑事課、京都府警察本部捜査第一課特別捜査対策室においてもマイペースっぷりは変わりません。同じく異動した科捜研の村木さんを毎回振り回す空気を読まないあたりもASDらしく、また『科捜研の女』“榊マリコ”と通底するものを感じます(笑)

糸村さんがこだわる遺留品は事件の真相を暴くというより、加害者や被害者、あるいは被害者家族や関係者の誤解やスレ違いを「僕に3分だけ時間をください」と頼んで、彼らの誤解やスレ違った思いを解きほぐしていきます。そのおかげで、切ない中にも心温まる思いになります。

職業柄か、ドラマや映画を観るにも“特性”“認知”が気になってなかなか純粋に内容を楽しめません(笑)電車やバスでも些細なことでキレている人を見かけると心理背景が気になりますし、スーパーのレジで喰ってかかっている高齢者を見ると、認知の歪みが気になったりします。

もちろん、息子にムカつく時にはそのムカつきに対し、自分の認知を瞬く間に検証するクセもあります。←メタ認知2021年8月20日2021年8月30日のコラム)。

普段からそうなので、疲れるという自覚はないのですが、案外小さな疲れが澱のように降り積もって心が凝っているのかもしれません。そんな時は普段あまり意識していないその季節独特の空気を味わってみたり、用はなくても友人やパートナーと話をして幸せを感じたり、“猫吸い”したりしています。

皆さんはどのように心のコリをほぐしていますか?

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TVドラマの主人公はアスペだらけ、を個人的に考察してみる【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

熱狂的なファンも多く、長く続いているドラマ。誰もが一度は観たことがあるドラマ。

『相棒』『科捜研の女』『ドクターX』、長く続いているわけではないけれども、クセの強い主人公が活躍する『臨場』。すべてテレビ朝日のドラマなのは偶然ですが(笑)

好き嫌いはともかく、どのドラマにも共通するのが主人公が個性的でなかなかアクの強いキャラクターだということです。

それでは考察していきます。

まずは『相棒』の“杉下右京”。

杉下右京は、間違いなくADHDとの重複がないASD孤立型です。

こだわりの紅茶以外、超論理的思考にズバ抜けた解決力、何もかも私のパートナーと被って仕方ありません(笑)

組織に馴染めず(そもそも馴染む気がない)単独行動を好み、空気は読まない(読めない?)、自分から積極的に他者と関わりを持たず孤立することに孤独を感じず気にもしない右京さん。

「細かいことが気になるのがボクの悪いクセ」と自ら言っているように、人が気にしないような細かい部分に目がいきます。

ASDはよく“木を見て森を見ず”と言われます。まさにその部分です。

ただ、木を見て森が見えないのではなく、多くの定型が森を見てから個々の木〜枝葉にフォーカスしていくのに対し、ASDは枝葉から木を見て、カメラが引くように全体像の森を見る、という感じです。定型とは逆の見方ですね。

それに詳しい上、知能が高く論理的でこだわりは時として行き過ぎてしまう強い正義感と紅茶。

次は『科捜研の女』の“榊マリコ”。

科捜研の研究員や解剖医の風丘先生との空気を読まないやり取りは完全にASDで、捜査一課の土門刑事との関わり方や、人見知りもなく他者との関わりをむしろ楽しんでいるのでASD積極型です。

そもそもマリコ自身、職業が研究員という時点でASDらいしといえばらしいですね(笑)

自室もしっかり片付けてキチッとしており、「ま、いっか」「後でやろう」的なADHD特性はなさそうなので重複なし。

やはり誰も気にしないような細かい部分に目がいきます。納得いくまで自分の考えを検証追求し、妥協がありません。

自分なりの正義を貫こうとするあたり、ずいぶんキャラクターに違いはあるものの、右京さんと同じものを感じますね。

マリコが恵まれているのは、あの強烈な個性(特性)にも関わらず、周りの人たちに恵まれていることで、浮いても皆から温かく見守ってもらえていることでしょうか。それには事件解決という実績が伴っているからだと思いますが(笑)

続きの【2】では『ドクターX』『臨場』を考察します。

カサンドラ愛情剥奪症候群とアスペルガーについての交流会を兼ねた勉強会にパートナーと参加してきました【後篇】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は前回に引き続き標題にあるとおり、ASD当事者であるパートナーがどう感じたのかをインタビュー形式で聞き取ってみたので、それを書きたいと思います。

質問は全部で4つです。

1)私以外とはカサンドラ当事者のいる勉強会や交流会に参加したことはなかったと思うが、実際に参加してみてどうだったか?

最初は“ASDバッシングの連中の集まり”と思っていたから警戒感しかなかったが、今回の勉強会の参加者の人たちに限っては、バッシングするような人たちではなかったので、徐々に警戒感がなくなり最終的に安心感があった。それから、参加していたカサンドラ当事者の人たちは、ASDを理解したい気持ちはあるものの、それができないもどかしさと、いつの間にか自分基準の考えや感情を押し付け、それに応えてくれない相手に苛立つ気持ちが同居している印象を受けた。常にそれらが彼らの中で二律背反しているんだろうな、と思った。

2)今回ASD(ほとんどはADHDと重複)当事者とも話をする機会があったが、自分以外の当事者と話をしてみて思ったこと、考えたことは?

率直に思ったのは、こういうASDもいるのか、ということ。ASDというベースは同じだからか、彼らの話の中で共感や理解できる部分、自分にも思い当たる部分はあった。ただ決定的に自分とは違うなと思ったのは、今までの人間関係や恋愛関係で自分が思い至らないせいで相手の気持ちを理解できず、結果として相手を傷つけてしまったと悩み、自信喪失すらなっているように見えたことだ。自分は孤立型のせいか、そういうふうには考えないから、その点で悩んだこともなければ自信喪失になったことがないだけに、それはそれでツラいだろうなと思った。

3)途中でワークがあって定型(たぶん)と思われるカサンドラ側の意見も聞いたと思うが、重複のないASD孤立型としてどう感じたのかを聞きたい。

面倒くさいな、が第一印象。言っていることは理解できる。同時にカサンドラ側の思考回路とは明らかに違うことを実感した。自分の思考回路はというと、どうしようもないことに対しては諦め、少しでもそれを癒すような、あるいは和らげるような解決策を考える思考回路。対してカサンドラ側のそれは、どうしようもないものに対して何か抗いたい気持ちがあると感じた。ASD的思考はその部分がない。だからその抗いたい気持ちに共感しにくいのかもしれない。カサンドラ側の抗いたい気持ちの言動に、一度共感することがどこか“手続き”のような気がしたから、面倒くさいと思ったのかもしれない。

4)私も元カサンドラだが、現在私と上手くいっているのはなぜだと思うか?

君がカサンドラ状態の時は、あたかもこっちが加害者だと言われているようで不愉快だった。そんな時期を経て思うのは、基本的にはお互い様なことだけれども、あえて言えば、君がカサンドラを脱して以降、適度な距離感を体得したからなのか、それとも適度な距離感を体得したからカサンドラを脱したのか、いずれにしても『適度な距離感の体得』なしでは今はないと想像する。それと結果論になるが、ASDにもいろいろなタイプがいる中で、自分はたまたま君の受容範囲内のASDであったこともあるかもしれない。同じASDでも君の受容範囲を逸脱したASDも存在するだろうから。その他の要因としては、互いにネコを飼っているというのも意外と大きいと思料される。

一緒に参加した勉強会&交流会のパートナーへのインタビューでしたが、「カサンドラ脱却のヒントは両者共が(ここ非常に重要)認知の違いを理解し、受け止めていこうとする努力と、何より深い愛情が必要で、それがなければASDと定型の間に横たわる乗り越えなきゃ(上手く)いかない深くて暗い河は乗り越えられないんだろうな」という感想を持ちました。

深刻なカサンドラ状態は脱しても、日々の暮らしの中でモヤモヤイライラを積み重ね、心的疲労が重なってしまいがちな大切な友人もいます。私にできるのは、その友人の愚痴袋がパンパンに重たくなる前に話を聴くことしかできないのがもどかしいところです。

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カサンドラ愛情剥奪症候群とアスペルガーについての交流会を兼ねた勉強会にパートナーと参加してきました【前篇】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

発達障害、カサンドラという言葉もずいぶん市民権を得てきましたね。

今は完全に離脱していますが、私自身も過去カサンドラ状態に陥った経験があります。コラムでも何度か書いているとおり、息子はADHDがある重複、パートナーは重複なしのASD孤立型です。

紆余曲折ありましたが、確定診断はなくともパートナー自身ASD孤立型であることを自覚していますから、今回の会に一緒に参加しました。

ご自身もグレーゾーンでカサンドラ状態に陥った経験もある方が主催者で、当日ASD当事者、カサンドラ当事者が15人ほど集まりました。私が参加したのはカサンドラ状態真っ只中の人に対し、数少ないカサンドラ完全脱却組で且つ専門家であり、支援者という特殊な立場から微力ながら力になることができるのではないか?という理由からです。

カサンドラ、ASDどちらも当事者会というのは星の数ほど存在するのですが、“互いを理解し合い、尊重しながら共存を目指す”ことを目的に両者とも参加を認めて開催される会は少ないのが実情です。

情緒的な交わりが難しく、独特の認知やコミュニケーションスタイルを持つASDに振り回され傷つけられていると感じているカサンドラ側は、最初のうちはその苦しさから攻撃的になる人も多く、そのような場にASD本人を参加させればどうなるのか火を見るより明らかです。

理解したいのに理解できない、理解しようと頑張っているのは自分だけ、いつも一人ぼっちで孤独、誰にもわかってもらえない、パートナーが自分勝手過ぎる・・・そんな思いを抱えて一人で苦しんでいれば苦しみのあまり、初めは攻撃的になる人がいても仕方ありません。

今回参加した会は攻撃的な段階を過ぎ、次のステップに行くために悩んでいたり、より理解を深めたいカサンドラの人ばかりが参加していたせいか、感情を爆発させ攻撃的な言動を発する人は誰もおらず、終始穏やかな時間でした。

カサンドラテーブル×2、ASD当事者テーブル(私はこちらにいました)×1で、私のいたテーブルはパートナーを含め4人がASD当事者でした。

ASDやカサンドラについてのミニ勉強会のあと、フリーテーマで交流をしミニワーク、そしてテーマを決めてテーブルを移動しフリートークという流れでした。

ざっくりASDと言ってもさまざまなタイプがあり、その人それぞれの性格まで考えると十人十色、特性に共通項があっても濃淡もあることから誰一人として同じASDの人はいません。おまけにほとんどのASDの人はADHDやLDなども重複しているので、ますます問題が複雑化しています。

タイプが違えばアプローチも違い、特性の濃淡でもずいぶん変わってきます。

同じようにカサンドラ状態に陥っている人にもツラさは同じでも、性格+幾つかのタイプがあるように感じています。

ASDで日本人に多いのは受動型重複ですが、パートナーは極めて少ないASD孤立型でADHD要素はまったくありません。重複していると「それASDの特性だよね、そっちはADHDの衝動性からきているもの」のようにあちこちに散らばる困り感への対応が変わってくるため、ひと言で「この人アスペ」と言えないケースがほとんどです。

多くの発達障害を持つ人と関わってきましたが、重複なしの純粋(?)ASDはパートナーを含め2人だけでした。

孤立型は自身で困り感を感じていない(他者への関心が極めて薄く、積極的に関わりを持ちたい欲求はほとんどありません)ので、交流会に自分から参加することはまずありません。パートナーも私がいなければ絶対に出向かないそうです(笑)

次回は参加したパートナーがどのように感じたのかを話してもらいたいと思っています。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【後篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

より働きやすくするために今すぐ就労と考えず、就労支援(ハローワーク/民間事業所)をパイプにして、ソーシャルスキルを身につけながら一緒に就労を考えてもらえる機関も増えてきました。

豊富なノウハウを持つ就労支援事業所を活用し、ジョブコーチに力を借りることで、一人で不安や困り感を抱えず自分に合ったペースで就労を目指せるので、上手に活用してもらいたいと思っています。

特性から本人も周りも困り感を感じやすい発達障害ですが、簡単な接し方のコツを覚えることで双方共にラクになります。

「え、わざわざそんなこと?」と思うかもしれませんし、「そんなの甘えだろう」と考える人もいるかもしれません。こればかりは感じ方の差なので、私にはどうすることもできませんが、“あなたの大切な人”がそうだと考えてみるとどうでしょうか。

●何かあったらいつでも相談できる体制を整えておく。

●本人が感情的(キレる、パニックになる)になった時には冷静に対応し、こちらが感情的にならない(物理的距離を取り、落ち着くまで待つ=クールダウンスペースとクールダウンタイム)。

●不得手なことを無理強いせず得意なことを伸ばす(不得手なことは無理せずできる範囲に留める/工夫してその人ができるやり方を一緒に考える)。

●不機嫌になりそうだったり焦りが見られたら、一人になれる時間と場所を与える。

●一方的に指示を与えず、本人の言い分や考えを十分を聞く。

●ストレスにとても弱くリカバリーにも時間が必要なので、非難するような表現や大声で感情的に叱らない。

●先の見通しが立たないことへの不安があるので、スケジュールや予定を前もって伝えておく(メモなどで渡すと、より良い)。

●提出物などの期限があるものは期日が守れないことも多いので、こまめに進捗状況を確認し期日などは付箋を使い目に付く場所に貼ってもらい、終わったら剥がしていく。

●長い話は入らないのでいくつかに分けて話すか、メールなど記憶が残り見返すことができるものを活用する。

●本人なりのルールやこだわり、パターンがある人も多いので、尊重できるものは許容すること。

●視覚優位が多いので、視覚化できるものは視覚化する。

●耳からの情報処理に時間がかかる人も多いので、滑舌よくゆっくりめに話すことを心がける。

などです。

ちょっとした優しさや気遣いだと思いませんか?

こういう考え方があります。家や建物のバリアフリーは、高齢者や体の不自由な人に配慮した作りと言いますが、そうでない一般の人にも具合がいいですよね。それと同じ発想で、上記の接し方もココロのバリアフリーで発達障害ではない人にとっても具合のいいことではないかと思うのです。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【前篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

なりたいものになる。

誰にでも夢や希望はありますし、資格云々はありますが誰でもが“就きたい職業に就く自由”があります。

しかし特性があると、一般には向いていないとされる職業があるのも事実です。特性に関しては努力次第でどうにかなる問題ではない部分もあるからです。(※ASD、ADHD、LDなどひとまとめに発達障害として話をしているので、ひとつひとつの特性についての詳細は省きます)

  • 小さな見落としやケアレスミスが事故に繋がる可能性がある運輸関係
  • 複数のタスクを同時にこなす必要がある飲食業(料理人・ホール)
  • 変更に対し臨機応変さが求められる旅行業
  • 柔軟な対応が求められる顧客窓口(コールセンター・窓口業務など)
  • 管理能力や高度な協調性、スキルが求められる人事、経理

これらは一般的に発達障害を持つ人には不向きと言われています。

では、向いている職業を考えてみましょう。

  • 視覚優位で視覚的な才能が活かせるカメラマン、各種デザイナー、イラストレーター、画家、広告・映像関係(クリエイティブ系)、漫画家など
  • 人と密に関わるよりも機械などが相手の各種技師、整備士、技工士、校正校閲士、プログラマー、システムエンジニアなど
  • 変化に富み、刺激のある記者、マスコミ関係、カメラマン、警察官、プロデューサーなど
  • 専門的知識を活用する学者、研究者など

私は一時期F1レーサーに憧れたことがありましたが、オートバイ以外の運転がからっきしダメでド下手なので、周りから運転免許取得も止められたくらいです。もはやレーサー云々の話ではありません(笑)

夢と現実は違うものです。

発達障害でいわゆる【手帳】を持っている人もいます。手帳がなくても、周りに特性をカミングアウトしてのオープン就労、逆に一切伝えないクローズド就労があります。

雇用側に障がい(特性)を伝え、特性に応じた配慮をお願いして働くことをオープン就労と言い、雇用側に一切の特性を伝えず配慮も求めないで働くことをクローズド就労と言います。

クローズド就労は一般枠就労、手帳があり障害告知をし特性に応じた配慮をお願いして働くと障害者枠になります。

オープン、クローズドどちらにもメリット、デメリットがあり、特性の種類や度合いによってはオープン就労が良いケースもあります。

メリット、デメリットについて説明します。

【オープン就労メリット】
▶︎職業選択肢が広く、正規雇用が多い。
▶︎給与面で一般従業員と同等。
▶︎特別扱いされない。
▶︎理解がないなど偏見の目で見られない。

【オープン就労デメリット】
▷正規雇用枠が少なくなる。
▷障害者支援制度があっても使えない。
▷ジョブコーチが会社に訪問しても支援できない。
▷さまざまな能力を求められるので特性にマッチした仕事を探すのが難しい。
▷特性に理解のある上司や産業医がいるとは限らない。
▷医療機関への通院時間の確保が難しい。
【障害者枠メリット】
▶︎障害者支援センター、民間の就労支援事業所からジョブコーチなど支援が受けられる。
▶︎障害者雇用2%枠が使える。
▶︎ハローワークにも専門の支援部署があり相談できる。
▶︎障害程度によるが、助成金などの経済的支援が受けられる場合がある。
▶︎特性に応じ、仕事内容/職場環境/労働時間などに配慮してもらえる。
▶︎臨機応変さを求められず、決められた仕事だけをこなしていけばよい職場が多い。
▶︎医療機関受診や通院に対し理解してもらえる。

【障害者枠デメリット】
▷障害者手帳を取得しなくてはならず、大人の発達障害を診断できる医療機関を探して受診したり、場合によっては保護者からの聞き取りがあって手間も時間もかかる。
▷一般就労と比べ給与面や待遇に差がある。
▷正規雇用よりも派遣やパートタイマーが多い。
▷障害程度によるが、助成金などの経済的支援が受けられる場合がある。
▷職場で障害(特性)開示の必要があるので特別扱いされることが増え、精神的負担になる人もいる。
▷大学で専門知識を身に付けても、仕事内容は単純労働や定型作業が多く、学んだことが役に立たないことも多い。

などがあります。

後篇では周囲の人たちがどのように接していくと上手くいくのか?のコツなどをお話しします。

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大人の発達障害/キャリアガイダンス【番外篇】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

大人の発達障害を就労という観点から考え、番外篇→前篇後篇でお話ししようと思います。

まず、背景から説明します。

2005年の発達障害支援法に始まり、厚生労働省や文部科学省ではさまざまな法整備が進み、インクルーシブな社会に近づいてきた感があります。

発達障害という概念がなかった時代には多くが見過ごされてきましたが、グレーや軽度までを含めると今やその出現率は20%超と言われています。

見えない障害である発達障害にはさまざまな種類・程度がありますが、診断名は同じ特性に共通項があっても、実は誰一人としてまったく同じ症状ではありません。また、この“症状”が性格なのか障害特性からくるものなのかも判断が難しいところです。

そして、発達障害は発達段階やライフステージにより症状の表れ方や当事者(周りも)の困り感は大きく変化します。

発達障害を見逃し(見過ごし)早期に適切な療育などがおこなわれなかった結果、ストレス耐性の低い発達障害者は思春期以降、二次障害などの合併症状が表れることが増加し、複雑化することで根底にある発達障害がわかりづらくなり、社会生活に困り感が表れるケースが続出しています。

療育をおこなったからといって、不得手なものが得意になることはありませんが、少なくとも自分を理解することで、得手不得手を知り対策を立てられるようになったり、周りに適切にヘルプを求められるようになることで、生きづらさを軽減することができます。

何でもできて完璧なスーパーマンのような人はいないことを考えると、軽い脳機能障害や偏りといった凸凹は誰にでも多少は当てはまるものなので、発達 障害と呼ぶより

【発達アンバランス症候群】

と表現したほうが、おかしな誤解や偏見を生まないためにも良いかもしれませんね。

発達障害(グレー含)があるとストレス耐性が低いことはお話ししました。しかし、ストレス耐性の低さだけでなく、二次障害を併発しやすいリスクファクターというものがあります。

  • さまざまな依存(スマートフォン、ゲーム、インターネットなど)
  • 保護者(主に父親)の発達障害、保護者(主に母親)の精神疾患や神経症
  • 催眠サイクルの乱れ
  • 保護者や家族が障害に否定的で認めず、ネガティブ発言が多い
  • 両親不和、嫁姑問題、兄弟不和などの機能不全家族
  • 抑圧的、反対に無関心な育成態度
  • 学校生活の不安(嫌がらせやいじめ、家庭との連携不備)

などです。

自分が自分らしく安心できる安全地帯がない、というのが読み取れると思います。これでは発達障害であろうと定型であろうと関係なく何らかのメンタル不調を抱えるように思えますね。

次回【前篇】では適職不適職〜発達障害キャリアガイダンスについてお話しします。

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手厚い個別配慮の弊害?

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいではありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

このコラムでは幾度となく書いていますが、息子は重複の発達障害(ADHD・ASD)です。知的(IQ)には問題ないので療育手帳はありません。

日常生活に困り感を感じやすい特性をどう工夫すれば人間関係を含め学校生活が躓き少なく送れるのか?

小学校、中学校と私を中心に通級(情緒級ともいう)担任、心療クリニックの担当医、スクールカウンセラー、学内特別支援コーディネーター、教育相談員、児童相談所のケースワーカー、学校のクラス担任、学年主任、校長らとチームを組み、共通理解と情報共有、課題の洗い出しと支援計画作成のため、年2回のカンファレンスを繰り返し、合理的配慮や個別支援のスキームを作ってきました。

早い時期からの数々の個別支援や合理的配慮により、中学卒業間近の今は学校生活に支援や合理的配慮も必要なくなりました。ただそれは生徒間にはクローズド(発達障害であることを他の生徒にカミングアウトしないこと)でも、学校や関係機関にはフルオープンで周りの大人がいつでも支援できる環境を整え、息子を見守ってくれたからに他なりません。

特徴のある私立高校以外に、ほとんどの公立高校には支援級はおろか通級もありませんから、高校進学にあたり本人の成績はもちろん、私は“どの程度の個別支援/合理的配慮(きめ細やかな指導が受けられるのか)”も考えていました。

生きづらさを感じたり中学不登校児を受け入れ“きめ細やかな指導”で定評のある公立高校は、学習カリキュラムが柔軟で特徴的ですが、大学進学はあまり望めません。学校説明会に行きましたが、大学進学を強く望む息子には魅力的に映らなかったようです。

通級面談時に衝撃的な話を聞きました。

通級の先生曰く「確かに〇〇高校はきめ細やかな指導と個別支援が整っています。しかし、大学進学を視野に入れた学習カリキュラムではないことから、ほとんどの卒業生は就職という進路選択になります(ならざるを得ない)。小中高と特性に合った手厚い個別支援ときめ細やかな指導を受けて卒業した途端、いきなり社会の荒波に放り込まれるわけです。これがどういうことに繋がるかわかりますか?」と。

当たり前ですが、障害(特性)をオープンにして配慮を求めなければ、見てわからない障害に対して“今まで学校で受けてきた”ような細やかな配慮は(就職先には)ありません。実際は、わからなければ知らなければ何に困り感があるのかわからないから配慮のしようがない、のですが・・・。

あたたかいきめ細やかな支援のある居心地の良い学校生活から、いきなり配慮も支援もない社会に放り出された結果、社会不適応を起こす卒業生が少なからずいるのです。

オープン就労、クローズ就労でも違いはありますが、これに関してはまたの機会に詳しく説明したいと思います。

(療育)手帳持ちでもなくクローズドで生きていきたいと考える息子は、今までのようにいつまでも支援や配慮を求めるわけにはいかないのです。困り感があることには自分で対処できるライフハックを見つけ、それでも難しいことは配慮をお願いできるコミュニケーション力が必要です。そしてそれはすべて訓練です。

入試に合格すればの話ですが、息子はこれから合理的配慮はあっても個別支援は極めて薄い公立普通高校に進学します。中学までとは違う学校生活、学習内容、人間関係。

生きづらさを今まで以上に感じ、悩むであろう高校生活が始まろうとしていますが、支援の手は少しずつ緩め、社会に飛び立つ準備に入る段階にきた、ということで本人から適切なヘルプが出ない限り私は手も口も出さず、ますます生ぬるく見守りたいと思っています。手は放しても目は離すな、という気分です。

障害特性に合った個別支援、絶対に必要な支援です。

小学校、中学校における個別支援は“自分の特性を知り、周りに配慮をお願いする時に、困り感を伝える情報ベース”になると同時に“少しでもできることを増やしていく訓練の場”、両方の面を持ち合わせています。

今まで発達障害の数々の特性を持つ我が子に必要なのは『きめ細やかな個別支援』と考えていましたが、いずれ社会に出て組織に属し就労していく将来を見据え、高校進学を機に考え方をシフトしました。

『可愛い子には旅をさせよ』、まさにこの時がきたような気がします。

手厚すぎる支援を続けることは、一歩間違えば本人の“できるようになるかもしれない”可能性を狭めてしまうことがあるのだ、と改めて深く考えました。

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親/当事者が発達障害と向き合うということ【2】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいではありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

2月になりました。寒さが厳しく、またほとんどの都道府県にまん延防止重点措置が発令されていますが、如何お過ごしでしょうか。

前回からの続きで、親/当事者が発達障害と向き合う【2】として、向き合う上での重要なステップとしての具体例を書こうと思います。

それは、親は【我が子トリセツ】を、本人は【自分トリセツ】を作ることが挙げられます。

私が住む自治体は希望者に対し、特性がある子供を持つ保護者向けに【うるおいファイル】なるものが配布されます。知らない人がほとんどだと思うので、周知不足だと思っていますが・・・。

このうるおいファイル、生育歴から通院服薬歴、集団生活や家庭生活など多岐に渡り細かく記載できる仕様で、私も息子が8歳からチマチマと書き込んでいます。これは我が子トリセツ&本人が自分トリセツを作成する際の貴重なデータベースとなるのです。

出来ない(苦手)ことがあるのが発達障害(グレー含む)です。出来たほうが本人も周りもラクなのは確かです。ですが、やり方を変えてみる、これぐらいでいいかと望むレベルを少し下げる、協力してもらう、などやれることはあるものです。

究極の面倒くさがりで、早起きしてもなぜかダラダラして毎朝遅刻寸前で飛び出す息子は、“お風呂から上がったら制服の下に着る体操服をパジャマの下に着て寝る”という、自分なりの時短を考えたようです。親としては『?』ですが、自分で考えた末のハックなら仕方ないか、と。

まだまだ改善の余地はありますが、忘れっぽいことを減らすためにスマホのリマインダーを使い、集金袋は玄関扉のノブ部分真上にマグネットで貼る、など工夫しているようです。「もっとこうすればいいのに」と思うこともありますが、不自由を感じ自分で対策を編み出さないと意味がなくダメなので生ぬるく見守っています。つい口を出したくなるところを、生ぬるく見守ることが重要です。

障害を(特性)を認めるとラクになります。苦手だからこそ「どうすればできるか/ラクできるか/効率良いか」を考えられます。苦手なことを正攻法だけでやらせようとすると親はイライラ、子供反発→衝突します。このあたりは一般的なことかもしれませんね。

頂上を目指す登山で考えてみましょう。頂きは一つでもいろんなルートがありますよね。私の考える頂上(目標)は、息子が社会的に自立生活できることです。

Aという険しいルートが最短でAを選択する人が大多数だとしても、Bという多少なだらかで時間がかかるルートや、Cというさらになだらかで手摺もあるが時間はもっとかかるルートもあります。あるいはDという時間はCよりも相当かかるけど景色がとても良いルートもあるかもしれません。Bが合っているようならBを選択、Cでのんびりが合ってるならCを選択、その子のペースで。

こう思えるとイライラがなくならないまでも、ほんの少し余裕が生まれるものです。

できないことや苦手なことがあっても、そんなことであなたの価値は変わりません。

頑張っているお母さん、お父さん、頑張っている子供たち。頑張っているすべての人たち。頑張っている自分をもっと認めて褒めてあげてくださいね。

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親/当事者が発達障害と向き合うということ【1】

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいではありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

現在15歳の息子は小3の終わりに、今も継続通院中の児童精神科でさまざまなテストを受け、発達障害(ADHD・ASD)の確定診断が下りました。

私は早くから違和感を感じあちこちの窓口に相談していましたが、発達障害は見た目や短時間過ごしただけではわからないことが多く、「子供なんてそんなものなのに、親が気にし過ぎで障害を作り出しているんじゃないの?」←これ、子供がいない夫婦に実際に言われました。「そんなに子供を障害児にしたいなんてどこかオカシイ」など、無理解と無知な知り合いから凄まじい言われ方をされた過去もあります。

腹が立つより、あまりの無知さと自分はなんでも知っていると思っている傲慢さを憐れに思ったのを覚えています。

障害を認める。

そこには親も子も高いハードルがあることを知っています。それは偏り「障害は“害”と付くくらいだし人より劣っているなんて恥ずかしい」という思いがあるからではないでしょうか。

“ち害(違い)”くらいにしか考えていなかった私は、確定診断に心からホッとしたのを憶えています。「あー、だから〇〇だったのね」「だから〇〇ができなかったのか」と行き場がなく掌に余っていたパズルがピッタリ嵌った瞬間でした。

そんな息子は小学校高学年で登校渋りから不登校にもなりました。発達障害(グレーも)があると、大多数の定型児(※)向きにカリキュラムを組まれた学習・授業、定型児だらけの学校生活に息苦しさや生きづらさを感じ、登校渋りや不登校になる確率が高いのです。

※定型:発達障害ではない人のことを『定型』と言い、定型児とは発達障害ではない児童の意。

「行けないもんは仕方ないよ、行きたいけど行けないんだもんね」・・・これは息子が絞り出すように「行きたいけど行きたくない(←行けない、ではなく行きたくないという表現により深い苦悩を感じます)」と泣きながら言った時、私が返した言葉です。

今以上に日々修羅場でしたが、二人でおにぎりを持ってピクニックしたり、部屋キャンプしてみたり好きな具を乗せまくったピザを一緒に作ったり、博物館へ行ったことは今となっては良い思い出です。現在進行形で尖りまくりの思春期真っ最中なので、思い出にしてしまうのは早いかもしれませんが(笑)

中学校では本人の希望もあり、一部の先生方を除き学校生活はクローズド(障害をカミングアウトしないこと)で中学生活を送りながら、他校の情緒級(通級)に通っています(入学した中学校には情緒級がなかったため)。

どんなに頑張ってもできないこと、工夫しても苦手なことは多々あります。面倒臭がりで忘れっぽいのと、タスク管理のガバガバさ、思い込みの強さや見通しの立てられなさからいつも何かを探していますし、意味不明なマイルールを振りかざしてはみるものの、本人が頭『???』になっていることもあります。

何かを探しているうちに何を探していたのかわからなくなり、良くも悪くも楽観的なADHD「ま、いっか〜」になることも多々あります(←良くない、困るのは本人)。好奇心旺盛で衝動性に抗えないADHDですから、本人はできるつもり(やりたい気持ちもあり)で自分の脳のキャパシティを考えず、いろいろなことに手を付けますが、そのほとんどは途中で興味を失うか忘れ去られるか得意の「ま、いっか」で、結果放ったらかしになります。

学校生活で周りに特性で迷惑をかけないように必死で頑張っている(らしい)分、家ではあり得ないADHDっぷりを発揮し、これが親子間衝突を引き起こします。脳のキャパシティが少ないのが発達障害で、多くの情報を同時進行で処理(マルチタスク)するのが苦手ですが、見た目にわからない障害だけに、“当たり前に”できる大多数と同じように“当たり前に”できるだろうと思われます。

本人が自分の脳のクセやキャパシティを知り、優先順位を付け、出来ること出来ないことの振り分けができて、苦手なことを上手に他者にお願い(助けてもらう/頼る)できるようになることが必要です。そのためには自分の特性を受け止め、受け入れ、理解していくことはとても重要なステップになります。

今回はここまでとします。次回は続きとして、特性を受け止め、受け入れ、理解していく重要なステップの参考として具体的に書こう思います。

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