解は既に決まっていて強制されるものなのか?

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

突然ですが、

「私って頭悪いから」「私ってバカだから」

きっと「そんなことないよ/大丈夫だよ」「そんなこと言わないで」を求めているんでしょう・・・わかります。

ですが、毎度毎回あまりにも話に「私って頭悪いから」「私ってバカだから」が出ると、かなり鬱陶しい。なので「そうだね〜」と言ってみました。

案の定「そんなこと言わなくてもいいじゃん!」←いや、先に振ったのはアナタです。

「そう思ってたんだ!ヒドイ!」とキレられました(笑)

だったらそんな振り方するな、と言いたいのです。同じような経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。

要するに、これっぽっちも自分を頭悪いともバカだとも思っていないということですよね。ホントのことだと思って言っていて共感を求めているなら、共感したことに不快になる必要はないはずです。

なぜ「いやぁ、知らなくてお恥ずかしい」「教えてくれてありがと!」ではダメなのでしょうか。

自ら(思ってもみないくせに)自己卑下して、それを他者に否定してもらわないとアイデンティティを保てないなんて、めっちゃくちゃ面倒クサイ人です。

それは確かに誰にでもありますよね。何だかやることすべてが上手くいかなくて、「私ってダメだなー」と思うことも弱音を吐くことも。

でも、他者を使って自己肯定感を上げようとするのはちょっと違うと感じませんか?

仕事であればクライエントに対し「そうですね」とはもちろん言いませんが(そんなことはありませんと否定もしません)、いつもいつも(プライベートの時まで)セラピストモードで生活しているわけではないので正直面倒です。

一種の“察してちゃん”の応用モードな気がします。

「はぁ〜」「う〜ん、」とため息をつきながら「どうしたの?何かあった?」と切り出してもらいたい“察してちゃん”。ツンツンケンケンした態度で「何か怒ってる?」「別に!(察してほしい)」のやり取りと似ていますね。

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

「今不快な気持ちになってるんだけど、話してもいいかな」

察する力は十分ありますが、言葉で伝えましょうよ。

「言わなくてもわかるでしょ」

「言わなくてもわかってほしい」

長い付き合いの中で言わなくてもわかることは当然ありますが、自分以外はパートナーはもちろん親でも子でも“他者”で、自分とは違うものの見方、考え方、受け取り方をするのが当たり前です。

“察してちゃん”は「自分をわかってほしい」気持ちが人一倍強い人種ですが、ジブンガー!の前に自他境界(バウンダリー※)や人間理解に目を向けてもらいたいと思った一件でした。

※バウンダリー:本コラム2022年5月25日2022年5月30日2022年6月5日参照

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アサーションのさまざまな手法【3】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

DESC法については今回で一応終了し、まとめとして書こうと思います。

DESC法を用いるメリットは他にもあります。

他者に自分の考えや意見を正確に理解してもらい、納得感を上げ説得するDESC法を身につけるとことで、組織内の意見交換がスムーズに活発におこなわれ、やり取りの中で組織内の高いコミュニケーションスキルが培われます。

それは個人のコミュニケーションスキルアップや営業成績だけに留まらず、より風通しのよく効率的に気持ちの良い組織運営に繋がっていくことでしょう。そしてそれは心理的安全性の担保にも繋がり、企業がイノベーションを起こすベースとなって、業績アップに寄与していくだろうと考えます。

また、感情的にならず自分の考えを正確に伝えることで、信頼関係の構築にも役立ちます。信頼関係とは正確な意思疎通があってこそ生まれると考えます。

特にビジネスシーンで感情的になってプラスになることは一つもありません。人は感情の生き物ですから、考えや意見を感情を含めずその事実だけを伝える、なかなか難しいことをほとんどの人は経験済みだと思います。

社会人の必須スキルである感情マネジメント(アンガーマネジメントが有名)と一緒にDESC法はこれからの時代は特に、性別はもちろん、地位や役職を問わずビジネスに携わる者にとっては必要不可欠なスキルになっていくと考えられます。

コミュニケーションには他にもいくつかの手法があります。DESC法を身につけたから大丈夫!ではなく、さまざまなコニュニケーション技法を身につけ、相手やTPOに合わせて使い分けられると気持ちにも余裕が生まれるかもしれませんね。

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アサーションのさまざまな手法【2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

早速ですが前回に引き続き、4つのステップについてお話しします。

  • Describe(描写する)

まず解決しよう、したいと考えている課題に対し、相手の現状や行動を客観的に描写した上で、“事実のみ”を相手に伝えます。事実のみを伝えるのが目的ですから、そこに自分の感情や考えを含めず、また憶測で話を進めないことが大切です。自分の感情や考え、憶測を含むと、相手に正しい情報が伝わりにくいというデメリットがあります。

  • Express(説明する)

Expressでは描写した内容に対し、自分の考えや意見、感じていることを伝えます。素直に自分の考えや感じたことを伝えていくわけですが、考えや感情を押し付けるような表現をしないことを心がけます。相手を否定したり攻撃的な表現にならないように意識し、注意することが重要になります。

  • Suggest(提案する)

ここではDescribe、Expressからの流れで、相手に対し課題解決するためのアイデアや代替案などを提案します。それと同時に、相手に対応してもらいたいことや承諾してもらいたいことを“具体的に”伝えます。あくまで提案なので、強制したり命令するようなニュアンスは絶対に含めないことが一番大切です。

  • Choose(選択する)

相手がこちら側の提案を受け入れた場合、受け入れなかった場合、それぞれの場合の結果や選択肢を伝えます。こちらの提案がすべて受け入れられるのがベストですが、ビジネスシーンにおいてそれは稀ではないでしょうか。ExpressとSuggestを何度か行ったり来たりするかもしれないことを踏まえ、プランはいくつか用意しておくと思いますが、そこにも落とし穴が存在します。

互いの思惑を擦り合わせる時に“何とか受けてほしい”側と“条件さえ合えば”の側に分かれます。よりイライラしやすいのは“受けてほしい”側なので、話をするうちにその焦りやイライラが雰囲気として伝わってしまうと(感情を含めた話し方になってしまう)、どれだけDESC法に則って話をしていても、まったく意味を成しません。

人は自分に対し“丁寧に”“誠実に”“素直に”話をしてくれている人に好感を持ちます。口に出さないノンバーバルな部分にも気を配り、相手に対し一挙手一投足向き合っていくその先に、DESC法が活かされてくるのだと考えています。

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アサーションのさまざまな手法【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

年明け最初の私のコラムはアサーションについてです。

人間関係をスムーズに構築し持続させていくため(相互理解にも役立ちます)のコミュニケーションスキルであるアサーションには、プライベートで使いやすいものからビジネスに有効なものまで、いくつかの技法があります。

今回はビジネスに有効な【DESC法】を説明していきます。

DESC法は他者を不快にせず自分の伝えたいことを伝え、相手に納得感を持たせるコミュニケーション技法で、アメリカの心理学者、ゴードン・バウワーにより提唱されました。

  • Describe:描写する
  • Express:説明する
  • Suggest:提案する
  • Choose:選択する

の頭文字を取り、DESC法と呼びます。

D→E→S→Cの順にコミュニケーションを展開させ、納得性の高い結果を導いていくスキルなので、特にビジネスにおいて有効なアサーションスキルと言えます。

【相手を思いやりながら自分の意見を伝える】というアサーションの基本があるのはもちろんです。

DESC法はアサーションスキルを体系的にまとめ、“D”“E”“S”“C”の4つのステップに分類したもので、このステップでコミュニケーションを進めることにより、有効な意思伝達をおこない相手の納得感を高めます。

次回は4つのステップからお話しします。

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自動思考【2-2】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今年最終回となりました。前回に続いて“認知の歪み”について、残りの5点を書いていこうと思います。

前回までは、

  • 白黒思考
  • 自己関連づけ
  • レッテル貼り
  • 〜べき思考
  • 過小評価の誇大化

の5点でした。

それでは残り5点を記していきます。

決めつけ
根拠なく感情的に決めつけ、自分の感情を現実に反映し、まるで事実かのように認識する。

<例>
「不安だらけだからプレゼン(試験)に失敗するに違いない」
「今日は気分が乗らない、こんな日は何事も上手くいかない」

感情的な決めつけが起こる時は、ネガティブな思考や感情が前に出ていて、ポジティブな思考や感情が薄くなっている時に起こりやすい認知の歪み。独自フィルターと密接な関係がある。
結論の飛躍
何の根拠もないのに、悲観的でネガティブな結論を出してしまう。

<例>
心の読み過ぎから→特定の人物が自分を嫌ったり悪い反応をしていると思い込む。

他社に出向いて行ったプレゼンが上手くいき、上司に報告したが上司は関心なさそう。いつもよりつっけんどんにすら感じる。→「きっと上司に嫌われている」と考える。
過度の一般化
よくないことが起こると「いつも決まってこうなる」「上手くいった試しがない」と考える。

<例>
プレゼンが上手くいかなかった。「いつも自分がプレゼンするとこうだ、自分は上手くいかない」
デートを断られただけなのに「どうせ自分は誰からも愛されない」
独自フィルター
ひとつの良くないこと、気に入らないことにばかり引っ張られ(こだわり)、他のことに目がいかなくなったり考えられなくなり、くよくよ考えネガティブになる。

<例>
会議でアイデアを出し周囲の評価は上々なのに、同僚の一人から批評されたことが頭から離れず悩み、ネガティブな考えになってしまう。
マイナス思考
良いことを無視するだけでなく、なんでもないことや良い出来事も悪い出来事にすり替えてしまう。

<例>
自分は何をやってもダメな人間だ、と考えている人(自己評価が低い)が、上司から評価されたり仕事が上手くいっても「これはたまたまだ」「まぐれに違いない」と考える。
このような認知の歪みを持つ人は、たまたまのミスでも「やっぱり自分はダメなんだ」と考える。

自分の中にある自動思考/認知の歪みに目を向け、普段から自分にはどのような“思考のクセ”があるのか、一度しっかり向き合うことで、生きづらさの軽減やイライラしやすい自分に気付くヒントになります。

この年末年始にこうした部分の自分に向き合って、来年は自分の思考のクセを意識しながら過ごしてみてもいいかもしれませんね。ひょっとしたら今までの生活や人間関係にちょっとした変化があるかもしれません。

本年のコラム掲載は本日25日で終了です。本年も読んでいただき、ありがとうございました。来年は1月10日火曜日から掲載し、その後は5の倍数日に掲載してまいります。来年もよろしくお願いいたします。

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自動思考【2-1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回に続き“認知の歪み”についてお話しします。全部で10点ほどあるのですが、ここでは半分の5点を、次回に残りの5点を記していきたいと思います。

白黒思考(全か無か)
起こる問題のそのほとんどは白黒、全無のどちらかに決めることはできません。事実はグレーだったり、その中間にあるものだったりするものですから。

<例>
いつも満点だったテストで80点を取ってしまった。「満点じゃなければ何点でも同じ、自分はもうダメだ」と思う。

<例>
仕事でミスをしてしまい「もうこれで自分はおしまいだ」と思う。
自己関連づけ
何か気になると、望んでいないよくないことが起きた時に、自分には責任がないにも関わらず、自分のせいにして責任を感じてしまう。

<例>
彼が暴力を振るうのは自分が至らないからで、彼の望むことをできない自分が悪いんだ(DVにあっている人がよく陥る思考ですね)

<例>
職場でみんながよそよそしいのは、自分がみんなの足を引っ張っっているからだ。
レッテル貼り
ミスをしたり、上手くいかない時に「自分は負け犬だ」「使えないヤツ」「お荷物だ」と自分にネガティブなレッテルを貼ってしまうこと。レッテル貼りは“過度の一般化”の極端な形です。レッテル貼りをしてしまうと感情に飲み込まれ、冷静な判断ができなくなります。
〜べき思考
行動や思考に対し「〜すべき/〜すべきではない」と極端に考えます。この思考はその基準に無理に自分を合わせようとするため、自身を知らず知らずに追い詰め自己嫌悪に陥ったり暗い気分になってしまいます。また、その価値観の違う他者に「〜すべき/〜すべきではない」が向くと、イライラしやすく怒りを感じやすくなります。

<例>
「あの時自分は電話するべきではなかった」
「部下は言い訳をせず言われたことをすべきだ」
過小評価の誇大化
自分の失敗や短所を過大に受け止め、長所や成功成果を過小に自己評価してしまう。

<例>
些細なミスで「ああ、これですべて台無しだ」

とりあえずここまでとします。次回は残りの5点を書いていきます。

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自動思考【1】

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

メンタル不調(憂鬱になりやすい/メンタル立て直しに時間がかかる/イライラしやすい)に陥りやすい人には、“物事の捉え方(認知)”に特徴があります。

認知の歪みには陥りやすいいくつかのパターンがありますので、自分はどのパターンに当てはまりやすいのか、自分にはどんな自動思考があるのかを理解しておくことが大切です。

自分にある認知の歪みを知るために次の3項目を書き出します。

  • 出来事
  • その時の考え(心に浮かんだ自分の声)
  • 気分/感情

<例>

・出来事
上司から「前回ボツになったプレゼン資料、まだあるよね?なぜボツになったのか自分なりの反省と次回どう改善すれば良いと思うのか、考えをまとめて記載しデスクに置いておくように」と言われたが、資料がどこにいったのかわからず、まだ取り掛かってもいなかったので「クライアント訪問や見積もり作成などで何かと忙しくて・・・」と言い訳めいた返事をしてしまった。

・その時心に浮かんだ自分の声
▶︎言い訳がましいと思われただろうな(心の読み過ぎ)
▶︎きっと上司の信頼をなくしてしまった、自分は無能だ(レッテル貼り)
▶︎上司が今回みたいなことを言ったのは、自分を信用していないからに違いない(心の読み過ぎ/マイナス思考)
▶︎今回ダメだったし上司にはもう信用してもらえない(過度の一般化)
▶︎何より早急に上司に言われたことをやらなくてはいけない(すべき思考)
▶︎期日までにできなかった自分の失敗だ、もうやる気がしない(心のフィルター/全か無か思考<白黒思考>)
▶︎上司のあたりが強いのは自分が役立たずだからだ(自己関連づけ)

いちいち意識しないだけで、これだけの心の声が自分の中にあります。

その結果、

・気分/感情

→不安 憂鬱 自己嫌悪 後悔 自分への怒り

などが生まれます。

※参考コラム:認知を制する者は感情(行動)を制す【3】

次回は【認知の歪み】について、どのような種類があるのか例を出しながら説明していきます。

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個の力・・・“個ぢから”の時代

メンタル・イデア・ラボ、AEのスミです。

最近、面白い記事を読みました。

コロナ禍に入社した新入社員についての記事でした。

コロナ禍になって丸3年。未だにこれといった治療薬はできず、メディアでもほぼ連日、感染者数の増減を伝えています。まだまだ収束する兆しはありません。

とはいえ、世間はマスク着用以外ではコロナ前のような様相を呈しています。コロナと共存する術を得たのか、それとも麻痺してしまったのか、あるいは慣れてしまったのかはわかりません。

そんなコロナ真っ最中の時に大学生で、学生生活も満足に謳歌できなかった人達が、今まさに続々と社会人になっています。そんな彼らについての記事でした。

職場がゆるい

私個人は耳慣れない言葉でしたが、『職場が学生時代のような雰囲気』や『上司に詰められもしなければ、怒られもしない』ような職場を“職場がゆるい”と言うようです。

その背景にはブラック企業の問題やそうでなくても長時間労働、モラハラ、パワハラあるいはセクハラなどが社会問題化し、それに応えるようにここ数年で法改正や新しく法律が施行されたことがあるでしょう。こうした企業を取り巻く職場環境の変化があることは間違いないと思われます。

職場環境や労働環境が改善された部分もあるので、これはこれで歓迎すべきことです。一方で特にこれから仕事を通して人間としての成長やスキルアップを目指そうとしているモチベーションの高い新入社員や若手社員には、物足りなさを感じさせてしまう側面もあるようです。

ただ企業は新入社員や若手社員だけを考えて意思決定することはありません。企業としては全社的な『心理的安全性』を考えた意思決定をすることになります。

ここで企業の意思決定である『心理的安全性』に、新入社員や若手社員が持つギャップがあります。それは『ここで働いても成長できないのではないか』という不安です。

『心理的安全性』がもたらす副作用とでも言うべき新入・若手社員が抱く成長できない不安をどう解消するか、今これが企業内における見えざる課題だと考えます。

新入・若手社員だけに限ったことではなく、社員側もこれからの職場は成長できる場と思わず、成長したければ自分自身でアクションを起こす時代になったと思います。副業もその一つでしょう。副業でなくとも部署を横断した取り組みを模索し、他部署の人たちとの交流を通じて刺激を受けたり、切磋琢磨することも成長に繋がります。

自ら動くまさに『個の力・・・個ぢから』が求められているのではないでしょうか。

企業側もそんな彼らの個の力を発揮できるような組織作りをする必要があります。その一つが『心理的安全性』なのですが、単に『ゆるい職場』にならないために、彼らのモチベーションを維持向上できるような組織になるためには、『個の力・・・個ぢから』を発揮してもいいんだと思わせる企業風土の醸成が必須と言えます。

それにはコミュニケーションスキルが重要だと考えます。特に経営層や幹部社員のコミュニケーションスキルは重要となります。自分の成功体験や物差しではない視点でのコミュニケーションができなければならず、それにはスキルが必要になります。

今までの人生経験によって、知らず知らずのうちに人は考え方の癖を持っています。プライベートでは特に問題にならなくても、職場では問題になる自分自身の考え方の癖を客観的に自覚している人は案外少ないのが現状です。職場におけるコミュニケーションでは、そこに相応しいコミュニケーションを意識することが重要です。

個人ではなく組織人としてのコミュニケーションといえばわかりやすいでしょうか。家庭では恐らく無意識に家庭人としてのコミュニケーションをしているはずです。例えば夫あるいは妻の前では ひとりの男性あるいは女性として、そして子供の前では父あるいは母としてのように。

職場も同じです。上司と部下、先輩と後輩、いずれの立場でも組織人としての振る舞いがあるはずで、これからは一定の主従関係に加えて話せる関係(あるいは話し合える関係)としての『交流関係』が求められる時代になったのではないでしょうか。それには上司であれ部下であれ、先輩であれ後輩であれ、そのベースとなるのは『個の力・・・個ぢから』ではないかと思うのです。

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他者理解/他者尊重のために意識してみましょう。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

11月になり今年も残り2ヶ月となってしまいましたね、如何お過ごしでしょうか。

何度かコラムでも書いていますが、人はわざわざ意識しなければさまざまなバイアス(無意識な歪んだ捉えからのクセ)に影響を受けまくって生活している生き物です。

例えば、

  • 男性は浮気をする生き物。←しない人もいますし実際に知っています。
  • 女性は甘いものやフルーツが好きだよね。←私は果物が大嫌いです。
  • 普通はみんな〇〇するよね(〇〇しないでしょ)。
  • 普通は〇〇なんて考えないでしょ。
  • 普通言わないよね。
  • みんなスポーツ好きでしょ。
  • オリンピック(ワールドカップ)見ないなんて(興味がないなんて)信じられない・・・。 

などなど。

“普通”・・・何を基準に普通と言っているのでしょうか?

“みんな”・・・どこにいる誰を指して“みんな”と言っているのでしょうか?

“普通”“みんな”は全部あなたの中にある歪んだ考え方、一方方向からの見方や価値観に基づいていませんか?

現代社会の常識に照らし合わせた時に、あまりに非常識である場合は私も「普通わかるよね」と使う場合がありますが。

例えば、誰かの連絡先を本人に確認/了承を取らずに他者に教える、本人の了承を取らずにSN Sなどに画像をアップする、どう使われるかわからないのに顔写真やプライバシーに関わることをよく知りもしない他者に漏らす、などがあります。自他を守るために意識しなくてはいけないネットリテラシーと言われる部分でもありますね。

上記でもない限り、“普通”はあなたの中にある普通であり、“みんな”はあなたが知る範囲でのみんなということになります。

倒れている人が居たら助けるのは当たり前だよね。

その考えは当たり前ですか?義務ではありませんが人道的に考えれば助けたほうがいいでしょう。では、具体的に“助ける”とはどこまでを助けると考えていますか?

  • 助け起こしてできる処置があればする(AEDなど救命処置)。
  • 意識があれば連絡先を聞き、そこに連絡する。
  • 警察を呼ぶ。
  • 救急車を呼ぶ(必要かわからないが倒れてたから)

このどれもが“助ける”行為に繋がっています。

倒れている人がいれば駆け寄って助ける←これがあなたの常識だったとしましょう。

どのようなトラブル(感染症なども含む)に巻き込まれるかわからないので、さまざまなリスクを考え、一旦退き警察や救急車に連絡する“だけ”の人に対して「普通助けるでしょ!」と考えるでしょうか。

知識のあるメディカル/コメディカルであれば、バイタルを確認して外傷など調べ骨折部位があれば添え木をして固定するくらいはやるかもしれません。

しかし、ほとんどの人は足がすくみ動けなくなってしまうか、救急車を呼ぶぐらいしかできないと思います。

このように“助ける”行為ひとつとっても人それぞれの考え方があり、人それぞれの行動があるものです。

あなたのバイアスはどこにありますか?その捉え方や考え方は“あなたの考える普通”ではありませんか?

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自己肯定感と自己有用感

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

“自尊感情”とは自己に対して肯定的な評価を抱いている状態で、心理学ではSelfesteemといいます。

現在は日本でも広く“自己肯定感”として使われ、一般的な言葉になっています。

『自己有用感』とは・・・?

『自己有用感』とは、他者の役に立った、他者に喜んでもらえた・・・など、自分以外の他者が存在しなければ生まれてこない感情で、『自尊感情』や『自己肯定感』とは多少異なります。

自分に対する他者からの評価が中心で、最終的には自己評価があるにせよ、他者評価を強く感じた上で生まれる感情だという点がポイントになります。

単に「部内で営業成績が一番だ」という自信からくるものではなく、「部内で営業成績が良かったので、全国営業コンテストに推薦された。この営業所のためにぜひ頑張りたい」という自信です。

そういう意味では「部内で営業成績が一番」かどうかは、さほど重要ではなくなっていると思いませんか?

『自己有用感』の獲得が『自尊感情』に繋がるであろうことは容易に想像できますよね。しかし、『自尊感情』が高いことが必ずしも『自己有用感』の高さと一致するとは限りません。

他者の存在を前提としない自己評価は社会性に結びつくとは限らず、社会性を前提とした場合、『自己有用感』に裏付けられた『自尊感情』が大切になります。もちろん、自分自身が自分を肯定的に認めることは、とても大切なことですが。

【褒めること】と【認めること】

両者の違いをよくわかっていない人は案外多いのではないでしょうか。

結果に対し望んでいたことに達していた、結果が良ければ評価する、これが褒めるです。「認めてあげようと思って褒めている」「褒めることは、そのまま認めること」という感覚なのではないでしょうか。

また多くの人たちもそのように受け止めているでしょう。誰しも自分を「褒めてほしい」と思っていて、それは承認欲求という形で表れます。一般に一定の水準に達した、水準を超えたと評価するのが「褒める」という行為と言えます。反対に言えば、水準に達しない場合には「頑張りましょう」と激励することはあっても“褒める”ことは稀ではないでしょうか。

子供が「認めてもらいたい」時というのは子供の基準や水準で「褒められたい」ことがほとんどで、子供なりのこだわりで努力したり工夫したことを「認められたい」ものです。大人ですら頑張りを認めてほしいのですから、子供では尚のことです。

基準に達していなくても「褒めてほしい」と考えたり、大人の考えた水準に到達して「褒められた」場合でさえ、大人の基準とは異なる子供の基準でも「褒めてほしい」と考えたりするわけです。

なので、自分がさほど努力もしていない、自分の功績ではないことを「よく頑張りましたね」と一括りにして褒められても、さほど嬉しくもなく励みにもならないのです。

子供の実際の行動と向き合うことなく表面的にお世辞を言ったり、ちやほやしても子供の『自己有用感』はもちろん『自尊感情』すら高めないのです。

行事に取り組む、学習に取り組む際などに“子供自身”に目標や工夫する点、努力する点などを考えてもらい、その基準に沿ってどこまで達成できたのかを評価することが「認める」という行為では一番重要になります。

それが『自己有用感』を育みます。

単に良かった・悪かったことだけを評価して「褒める」では『自尊感情』を育むことはできても『自己有用感』を育むことにはなりにくいのです。

例えば、「ふりかえりシート」のようなものを用い、子供の振り返りに対し、ただ「頑張ったね」だけではなく、子供が「こだわった」「見てほしかった」点に着目し、そこに触れたフィードバックをすることが大切です。これは子供に限ったことではありません。

組織、夫婦、パートナーなどとの関係でも言えることなので、今一度【人を認める】とはどういうことかを考えながら振り返ってみる機会にしていただければと思います。

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