不機嫌にならないコツ

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は“すぐにできる不機嫌にならないコツ”をお話しします。

すぐにできることですが、簡単にできるかどうかはその人次第です。意識して心掛けてみるだけでも随分違うものなので、ぜひやってみていただきたいと思います。

【1】勝ち負けにこだわらない。
【2】一人だけで抱え込まない。
【3】他者との距離を近づけ過ぎない。
【4】“察してちゃん”をやめる。
【5】ウワサ話や悪口に混じらない。

それでは【1】から順に説明していきます。

【1】勝ち負けにこだわらない。

勝ち負けでしか物事を捉えられない人は、「負けた」と感じた時に不満が募り、負けた気持ちになります。そもそも誰もあなたに勝負を挑んでいないので(笑)、あなたが勝手に一方的に負けたと思い込んでいるだけです。幸せの尺度は誰でもない“あなた自身”が決めることで、社会的な勝ち負け(と思い込んでいるもの)とはまったく別のものです。くだらない勝ち負けにこだわり、意味のないイライラを募らせるのはやめましょう。

ビジネスシーンの会話でよく『WINーWINの関係』というフレーズを聞くことがありますが、これも勝ち負けの発想から来るものだと思います。これからの時代のビジネスは、『WINーWINの関係』ではなく『JOYーJOYの関係』に発想を転換したほうが、働く人にワクワク感が芽生え、結果社会に新しい価値を提供できるのではないでしょうか。
【2】一人だけで抱え込まない。

確かめもせずに、他者の気持ちや感情を勝手に先回りして推測、解釈すると不安や不機嫌になりやすく、一人で抱え込みがちになります。プライベートな悩みでも仕事の悩みでも、一人で抱え込もうとするには限界がありますよね。ええ格好や決め付けをせずに「それってこういう意味で言ったの?」と確認したり、「キツいから話を聞いて」「いっぱいいっぱいだから手伝ってもらえますか?」と助けを求めましょう。

これは個人の努力もさることながら、一人で抱え込ませないためにコミュニケーションが円滑な職場環境になっているか、組織にそんな土壌があるか、ということも問われています。
【3】他者との距離を近づけ過ぎない。

どんなに仲良しでも四六時中一緒にいると、些細なスレ違いからお互いの嫌な面が目に付きイライラモヤモヤするものです。自分以外は親でも他者なのですから、お互いが心地好い距離感でお付き合いしましょう。人間関係を良い状態で維持していくために、この“距離感”を意識するのはとても大切なことです。離れ過ぎずベッタリくっつかず・・・、一番心地好い距離はどこらへんなのかを考えてみましょう。

ビジネスでも顧客との距離感が程よいほうが、お互いに信頼関係を醸成でき、健全な関係を長く築けるのではないでしょうか。
【4】“察してちゃん”をやめる。

どんなに愛し合うカップルでも、長い付き合いの親友でも、互いの気持ちを100%理解し合うことは無理です。あなたはあなたで、決してパートナー本人や親友本人(の気持ち)にはなれないのですから。何かがあってイライラしたり落ち込んでいても、他者はそのイライラや落ち込んでいる原因は知りません。「こんなにイライラしているのに(落ち込んでるのに)何でわからないんだ?」←空気読めってこと?・・・それは無茶ぶりです。プレゼンがうまくいかなくてイライラ。それはどんな理由でどんな感情になっているのか?を伝えなければわからなくて当たり前です。“察してちゃん”は、普段から自分が周りにいる人たちの思惑を気にしながら生きていて、「自分は察することができるのに(先回りし過ぎの勘違いの場合あり)なぜ相手はこの思いに気付いてくれないんだろう?」と不機嫌になるのです。言葉にしなければ何もわかりません、他者なのですから。せっかく言語という互いを理解し合うための有効なツールがあるのですから、察してもらおうなんて傲慢な気持ちを捨てて、素直に言葉に出して伝えてみましょう。

時々、こういう上司や社長を見かけます。社員はヒラメ状態になり、顧客を見ていませんね。このような組織は風通しも悪く、社員の離職率も高いです。ブラック企業だと言われかねません。
【5】ウワサ話や悪口に混じらない。

感情は伝播する、と以前コラムでも書きました。人のマイナス感情(特に怒り)はプラス感情よりも伝播しやすい特徴があります。また、プラス感情よりもマイナス感情のほうがパワーがあるので、悪口やウワサ話には巻き込まれやすいのです。不機嫌は“感染る”ので、そんな場面に居合わせてしまったらサラッと去るか、意見を求められても「そうなんだぁ、ふーん」で、相手のマイナス感情を受け取らないようにしましょう。

職場では時にウワサ話や悪口に足を引っ張られたり、強いストレスになる場合もあると思います。やはりここでもコミュニケーションが上手く取れている組織であるかが問われていると思います。モラルハラスメントの温床をなくすことも、これからの企業の責務かもしれません。

如何でしたか?頭でわかっていても、それをいざ実行しようとすると案外難しいと感じるのではないでしょうか。

“実行”しようとするから難しくなるのです。

意識すらしなかったことを“意識してみる”

これです。

前回の3Dになってしまわないように、まずは“意識してみる”からやってみてくださいね。

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認知を制する者は感情(行動)を制す<3>

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

三回目となる今回は、ネガティブな人に見られがちな自動思考と、例を挙げてワークシートでその妥当性を検証してみましょう。

ネガティブが人(鬱になっている人にも)に見られがちな自動思考。

  • 私は誰からも必要とされない。
  • 私の人生は何もかも上手くいかない。
  • 私は取り柄のない人間だ。
  • 私は負け犬だ。
  • 私には価値がない。
  • 誰も私のことをわかってくれない。
  • 楽しいことなんか一つもない。
  • 私はもう終わりだ。
  • 何をやっても上手くいかないに決まっている。
  • 生きていても良いことなんかない。
  • 我慢するなんて耐えられない。
  • 自分が嫌で仕方ない。
  • 消えてなくなりたい。

例を挙げますので、それが正しいのか誤りかを検証するための<4つのプロセス>で自動思考が及ぼす影響を書き出してみます。

●自動思考の例

食事中に夫に話しかけたのに返事がそっけなかった。
私をもう嫌いになったのかも、私の話なんてどうでもいいに違いない。→心の読み過ぎによる決め付け。

記入例を参考に自分でも記入してみてください。

<4つのプロセス>自動思考の妥当性を検証するために『自分に質問する』。

①→自分がそう考えている根拠は何か?

▶︎自分の考えていることと事実を混同していないか?(事実ではない“かも”しれない)
▶︎確かめていないのに早合点したり思い込みはないか?
②→何か他に別の見方はないか?

▶︎自分の考えやモノの見方だけがすべて正しいと言えるのか?
③→そう考えることでどのような影響がある?

▶︎そう考えることが自分の役に立つか?邪魔になるか?
▶︎そう考えることで、自分にとってどのような利益(良い面)と不利益(望まない面)があるか?
▶︎答えの出ない(ない)質問になっていないか?
④→どこかに思考の誤りはないか?

▶︎0ー100思考、自動思考、全無的な思考に陥っていないか?
▶︎思考の中に極端な表現はないか?
▶︎望まない/悪い面だけに目を向け過ぎていないか?
▶︎たった一つのことだけに気を取られ、自分だけに非があるように思っていないか?
▶︎自分と関係ないことまで自分と関連づけて考えていないか?
▶︎自分の責任とは限らないのに、自分に責任があると思い込んでいないか?
▶︎物事をあるがままに受け止めず、“こうでなければ”“〜すべき”と対処法を考えていないか?
▶︎確認もせず自分一人で先走り、勝手に予想していないか?

次に【考え(思考)と気分(感情)の記録シート】のワークシートを使用しながら、普段の自分の考え方の癖を見つけ、考え方から生まれる気分(感情)がどのようなものなのかを改めて意識してみましょう。

少し横道に逸れますが、「今の気分は?(感情は?)」を聞いても、考え(思考)と混同して答え方がわからなくなる人も多いので、気分(感情)の例を挙げてみます。感情表現が苦手な人ほど、気分(感情)と考え(思考)を混同しやすい傾向があるようです。

<気分(感情)の例>

不安、悲しみ、困惑、寂しい、同情、傷心、義務感、恨み、虚しい、焦燥感、批判的、無気力、絶望感、混乱、心配、劣等感、孤独感、恥ずかしい、イライラ、悲哀、憂鬱、猜疑心、見捨てられ感、距離感、恐怖、落胆、モヤモヤ、憐憫、不全感、万能感、敗北感、後悔などなど。

ほんの一部を抜き出してみましたが、まだまだたくさんの気分(感情)があるのです。なかなか目を向ける機会がない気分(感情)に、一番適切な“名前”は何か、を考えてみるのもよいかもしれませんね。

自分の考え方の癖を見つけて、“それが正しい根拠”は簡単に見つけられても、“それが正しくない根拠”はなかなか見つけにくいものです。そんな時は、

  • 自分の一番の友人や大切な家族、大好きな人がそう考えていたら、自分は何と声をかけるだろうか?
  • 過去に同じこと、似たような状況はなかったか?それはいつだっただろうか?今回と似ていても、以前との違いは何がある?
  • 今の考えが“完全に正しい”と言えなかった経験はない?
  • 今から10年後に今の状況を振り返った時に、今とはどのように違って見えるだろうか?
  • 自分でコントロールできないことまで自分でコントロールしようとしていないか?

これも自問自答して【考え(思考)と気分(感情)の記録シート】のワークシートと共に検証する際のヒントにしてみてください。

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認知を制する者は感情(行動)を制す<2>

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

二回目のとなる今回は、前回からの続きと、自動思考についてお話します。

前回、自分の気持ちを観察してみるワークシートを書いてみましたが、今回はそれを少し発展させたワークシートを書いてみましょう。良かったことと嫌だったことの2つを例に挙げています(【図3】)。

記入した中から“嫌だったこと”にフォーカスし、より詳細に自分を分析して書き込んでいきます。印象的な出来事一つを抜き出してみるので、今回は嫌だったことを抜き出していますが、嬉しいことでも嫌なことでも構いません。【図4】を参考に、自分がわかる形でササッと楽な書き方で大丈夫です。

こうやって“嫌だったこと”を改めて書き出してみると、思い出してますます憂鬱な気分になってきませんか?下のようなワークシートをベースにして、今度は自分で記入してみてください。

ここで『こんなことやったって嫌な気持ちになるだけだ!』と挫けないでください。これは、

出来事を→【振り返り】→気付き→次回に活かす

の振り返り部分で、嫌〜な気分になった

“考え(自分の中に浮かんだ心の声)”(←ここが今回の一番のポイント)

に中に、あなた自身の【認知の特徴】を知るヒントが隠されているのです。【図4】で言えば、『親は心配しているんだから、連絡くらいは入れたほうがよかった。ひどい言い方をして悪かった』になります。

誰でも最初は自分の考え(思考)は間違っていない、正当だ、と考えます。自動思考(アンコンシャスバイアス)は、繰り返し表れるあなたのパターン化した思考、思い込みですが、自分でその存在に気付くのは難しいという特徴があります。

他者から指摘されても『(自分だけじゃなく)みんなそう思うものだろう』『普通は(男は・女は・新人は・部下は・上司は)そんなものだ』と感情的な決め付けが顔を出し、自分が陥っている自動思考に目を向けることができない人も多く見られます。まさに、『みんなそう思うものだろう』や『男はそんなものだ』が紛れもない【自動思考】なのですが(笑)

それは“あなた自身”の考えであり、万人がそうではない、に気付くこと、自分にある自動思考を把握すること、これが最初の作業になります。

そのために、<起こった出来事に対し、あなたがその時に心の中にどんなセリフが浮かんだか(思考)、またその時の気持ち(感情)>を第三者視点で眺めてみることが大切で、視覚化することで自分の認知のクセを見つけやすくなります。

次回は、ネガティブな人がよく持つ幾つかの自動思考を挙げ、その自動思考が妥当か?を検証していきましょう。

【番外編】

常々意識していることがあって、それはインド独立の父、マハトマ・ガンジーの言葉から来ています。

建設的な思考を持ちなさい。なぜならば、その思考があなたの言葉となるからです。

建設的な言葉を語りなさい。なぜならば、その言葉があなたの行動となるからです。

建設的な行動をしなさい。なぜならば、その行動があなたの習慣を築くからです。

建設的な習慣をつけなさい。なぜならば、その習慣があなたの価値となるからです。

建設的な価値をつけなさい。なぜならば、その価値があなたの人生そのものになるからです。

Mahatma Gandhi

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認知を制する者は感情(行動)を制す<1>

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

積極的に望まなくても、ただ生活をしているだけで、私たちの周りにはさまざまなことが起き、それに巻き込まれてストレスを感じ疲弊したり、巻き込まれなくても影響を受けて気分を波立たせたりします。

今回から<認知><自動思考/自分にある自動思考><自動思考を検証する>と3回に分けて、わかりやすく認知三昧でお話します。

まず、認知が変わると反応が変わることのわかりやすい例を挙げてみます。この場面ではあたなは妻だと考えてください。

例:帰宅した夫が眉間にシワを寄せ、険しい顔をしている。

あなたは、『家事もやったし頼まれた支払いも済ませた』『やましいところもない』のであれば、夫に対し『仕事で疲れたのかな』『何か嫌なことがあったのかな』と考え、「大丈夫?先にお風呂に入ってリラックスしたらどう?」と自然体で言えるでしょう。

これが、出かける前に大ゲンカしていたとなると、『まーだ怒ってる』『私のこと責めてるのかも』『まさか離婚なんて言い出さないよね?』と考え、どう話しかけていいのかわからなくなったり、腫れ物に触るようにぎこちなくなってしまうのではないでしょうか。

夫の“険しい表情”に対し、あなた自身がどう意味づけするのか?は、その状況によって変わりませんか?この、“状況によるあなたの意味づけ”の仕方は、

あなたの普段からの認知の“クセ”により決められる

ことが多いのです。何度か認知についてお話していますが、

認知とは、ものの見方、考え方、受け止め方

です。この、“その人が持つ認知の特徴(偏り/歪み)”が、思っているよりはるかに気分や行動に影響を及ぼすものなのです。(【図1】)

次にワークシートを書いてみましょう。ここでは仕事を例に挙げてみましょう。

こんな感じでしょうか。このように自分の状況を視覚化してみるために【図2】のワークシートを使用します。

次に自分がどのようなことを良い(心地良い)と感じ、どのようなことを嫌だ(不快)と感じるのか、考え方の傾向も視覚化してみましょう。

下の下線部に自分の気持ち(感情)を書き出してみてください。幾つでも構いませんが、一つ以上は書いてください。

  1. 裏切られると、私は(   )
  2. 誰かに怒られると、私は(   )
  3. 褒められると、私は(   )
  4. 約束の時間を大きく超えて遅刻されると、私は(   )
  5. 見知らぬ人ばかりの中に入ると、私は(   )
  6. 自分のことを理解してくれている人に対し、私は(   )
  7. 自分のことばかり話している人を見ると、私は(   )
  8. 偉そうに振る舞う人を見ると、私は(   )
  9. 理不尽だと感じることが起きると、私は(   )
  10. 好意を向けている人がいると、私は(   )
  11. 無視されると、私は(   )
  12. 自分にではなくても、誰かが怒鳴っていると、私は(   )
  13. 電車内で激しく泣く赤ん坊を抱いた母親に対し、私は(   )
  14. 列に横入りされると、私は(   )

これは正誤のない問いで、どのようなこと(時)に自分はどのような気持ちになるのかを、“自分がわかるように視覚化”し、少しだけ自分を客観視してもらうための問いです。

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引っ込み思案ってダメなこと?

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

世の中には、誰に対しても物怖じせず積極的にガンガンいける人と、人見知りで引っ込み思案の人がいます。

私自身は人見知りせず、初対面の人とも関わりを持つことに苦痛を感じないタイプですが、パートナーは見た目とは反して、とても人見知りだそうです。人見知りだと他者に対しての自己開示に時間がかかるので、結果、引っ込み思案にも見えます。

人見知りで引っ込み思案、それを『損なこと』『改善したい』と思っている人は多いと思います。当たり前ですが、普段あなたはあなたの視点からしかあなたを見ていません。

人見知りや引っ込み思案は、慎重で、時間をかけて物事を見よう、考えようとしているという“良い”側面が隠れていることに気付いていますか?

物体の四方観察で考えてみましょう。

例えば牛乳パック。 横から見ると長方形や上に三角形がある五角形、上から見ると正方形に見えます。見る場所によって見える形が変わるわけです。トイレットペーパーも同じで、横からは四角に見えますが、上から見ると円ですね。

物体を例えに出しましたが、物事は見方によりさまざまな見え方があるということで、これは先ほどの“人見知り、引っ込み思案”にも同じことが言えます。

あなたには自分の欠点や短所に見えていることでも、案外他者はそう見えていないかもしれない、ということです。あなたはあなた自身を牛乳パックの横から見ていて、他者は上から見ているかもしれないわけです。

人前で緊張するのは誰にでもあることですし、慣れていないだけということもあります。これは“上手くやっている自分”をイメージし、それが“自分は上手くやった”とイメージできるようになるまで繰り返します。

とても慎重な性格をしている良い面があるのですから、少しだけ自分への見方を広げてみませんか?

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認知スタイルから見えてくるもの<2>

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回は自罰的な人についてお話をしましたが、今回は他罰的な人についてお話しようと思います。

自罰的な人は「自分は本当にどうしようもない」「上手くいかないのは自分が悪いからなんだ」と責任の刃が自分に向かい、自分を責めてしまい、自己肯定感が低いので立ち直りに時間がかかりますが、他罰的な人は、思いどおりの結果にならなかった時や失敗、不安や不愉快な気持ちになった時、環境や他者のせいにし、“他者を責める人”で、刃は他者に向かいます。また、他責なので、同じ過ちを繰り返すことが多くなります。

この【他罰的】な認知、周囲に「自分勝手」「偉そう」と嫌われやすい面と、その認知が行き過ぎた時には思いもよらない危険な行動に繋がりやすいのでかなり厄介です。

「俺の前に割り込んだ“あのクルマ”が悪い」は煽り運転に繋がりますし、「偉そうに文句言った“あいつ”が悪い」と他者に暴力を振るう、もっと身近なところだと「遅刻したのは“お母さん”が起こしてくれなかったから」だったり、「話してもわからないのは“あいつ”がバカだからだ」がわかりやすいと思います。

他罰的な人は、“上手くいったら自分の手柄(おかげ)、上手くいかなかったら誰かのせい(環境のせい)”という人が多いのも特徴で、この認知のせいで嫌われ孤立しがちです。

それはそうですよね。何か起こると環境のせい、上手くいかないと、不快な出来事があって納得いかないと他者のせいにするのですから。

ここまでで何か気付くことはありませんか?

そう、自罰的な人は“引き受けなくてもいい責任まで引き受け、自分のせいではないかと苦しみ自信をなくし”、周りからは面倒な人と映り、他罰的な人は、自らに責任があっても他者(あるいは環境)のせいにし、何も責任を引き受けず、内省もしないから同じ過ちを繰り返す、です。

どちらも人間関係においては躓きやすく、関係は拗れやすくなります。これも認知からくるものです。

無罰的な人は何事が起こっても、「自分のせいでは?」とも「あいつのせいだ」とも思わず、何とか気を紛らわし、やり過ごそうとするタイプです。

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認知スタイルから見えてくるもの<1>

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

不安、不快な出来事や失敗からの躓きでの後悔、トラブルが起こった時の受け止め方の認知に【自罰的】【他罰的】【無罰的】という認知スタイルがあります。

【自罰的】な思考が強いと、ネガティブに引っ張られやすく自分ばかりを責めてしまう癖(認知の歪み)が生まれてしまいます。

今回は自罰的(自罰傾向強)にフォーカスしてお話してみようと思います。

まず、

自罰的な人は褒められることが苦手

です。それは【自分の中にある自分像と、相手が自分に持っているであろう自分像に温度差がある】と感じていることが原因です。

日本は謙遜を美徳とする妙な文化があるので、褒められても素直に「ありがとう」とは言いづらいものですが、「いやいや自分なんてまだまだ・・・云々、全然ダメです」までいってしまうと、自己評価も自己肯定感も低くなります。

褒められる(認められる)のが苦手な人には、本来ある他者評価よりも低くしか自分を思い描くことができません。自らを低くしか評価していないものを、他者に認められたり、褒められてもあまり嬉しくなかったり、どう反応していいのかわからなくなってしまうからです。

自己承認するのが下手で、自らを責めて(罰して)いないと辛くなってしまうのが、自罰的な人なのです。

自分を責める気持ちが強い人は、無意識に“自分に対し罰を与えてしまう”心の構図が出来上がっているので、自分が自己否定していることが、必ずしも“悪い”と決めつけてしまうものではない、と受け止める練習が必要です。

なぜ「私っていつもいつも・・・ダメな人間だ」と思うのか、それは無意識のうちに、上手くやれない自分を自ら罰することで一瞬ですが“安心すること”ができるからです。

自分の中に【自分は何やってもダメなんだ、と思う自分】と【ダメなんだから厳しく罰せねば】という2種類の自分が存在することにより、強い自責の念に囚われます。その後、厳しく罰せねばの自分が片方の自分に対し“もう十分ダメな自分は苦しんだから”と責めることを止め、この時に上記の“安心する”気持ちになるのです。これは

歪んでいて辛い認知です。

先ほども書きましたが、自罰的な人は自己承認が上手くできません。「気をつけてるのにまたやってしまった」→「ダメだダメだ、私なんて本当にダメ」これを

「ダメな自分も自分の一部だもんな」と自己承認できるようになると、自罰的な自分から脱出できる足掛かりとなり、次に「私も全部が全部ダメじゃないんだから」と変容させていけるようになると生き方もずいぶんラクになります。

自罰的な背景にはさまざまなものがあり、愛着障害(アタッチメント不全)があるとなかなか厄介です。本人は何も悪くないのに自罰的になってしまうほど、辛く苦しいものはありません。

次回は他罰的、無罰的とは?についてお話します。

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メンタルと三大欲求の関係性:メンタルヘルスマネジメント

メンタル・イデア・ラボを運営する代表のスミです。今回は本城に代わり、私が寄稿します。今後もたまに寄稿することがあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

今回はメンタルと三大欲求の関係性から

メンタルヘルスマネジメント

について自分の体験を踏まえた私見を書きたいと思います。

その前にここでの三大欲求を定義します。人によって食欲、睡眠欲、所属欲などいろいろ言われているようですが、ここでは日本で一般に言われている【食欲】【睡眠欲】【性欲】を三大欲求とします。三大欲求という表現は日本独自のようです。また宗教によってもさまざまな欲求が唱えられています。欲求といっても意外といろいろあるものだなと思いました。

さて本題です。メンタルが不調になると三大欲求のどれか、あるいはすべてに影響が表れた経験はないですか?私はメンタルの不調の度合いによって三大欲求に何らかの影響が表れます。

私の場合、男性だからか最初に性欲に影響が出ます。性欲が無くなるというと語弊がありますが、著しく減退するという感じでしょうか。そして異性に興味を持つことが極めて薄くなります。一般に男性は女性より性欲を司る脳の視床下部は2倍大きく、テストステロンというホルモンの分泌量は女性より10〜20倍多いと言われています。そう考えると身体としての機能が備わっているにもかかわらず、著しく性欲が減退する、異性への興味が薄くなるということは

個人的に男性(雄)として危機的状態

にあるのではないか?と思ってしまいます。

メンタルヘルスの不調がさらに深刻化すると、私は不眠状態になります。そうは言っても眠ることは眠るのですが、寝付きがものすごく悪くなり、明け方になってようやく眠りに就くも睡眠時間はとてつもなく短く、程なくして目覚めてしまいます。普段の寝付きは1分〜2分以内なので、明け方まで眠くならない、睡魔が来たとしてもすぐに目覚めてしまうことが連日続くと、日中は無気力な状態で、夜は極度な焦燥感に襲われました。

生命力が衰弱していく感覚

すら覚えました。

その時は『さすがに睡眠薬に頼ろうか』とも思いましたが、睡眠薬なしでは眠れなくなることが怖くて我慢しました。

食欲については幸い不振になった記憶はありません。ここ15年ぐらい、一日一食ということもあるのかもしれませんが、食欲不振になるのは風邪を患った時ぐらいです。ただ、料理を味わい幸福感を得るという人間的、文化的な食事というより、単に何か食べるだけの原始的な行為だった気がします。メンタルヘルスの不調により、人によっては過食症や拒食症になるとか・・・。

以上のことから私は、メンタルの不調と三大欲求のいずれかは密接に関係していると実感しました。その表れ方については人それぞれだと思います。またメンタルの不調の度合いや深刻度によっても程度に差が出ることでしょう。私も私なりにその時はかなりしんどかったです。しかし病院を受診するとか専門家に相談するという発想は浮かびませんでした。今思えば理由は二つありました。一つは私にとってそれらは、

まったく身近な存在ではなかった

一つは、

相談機関の存在を知らなかった

ということです。ただ一人で耐えるしかないこと、と思い込んでいました。

このメンタルヘルスと三大欲求の関係性を体感したことから、身体にまで悪影響が表れること、それはつまり社会生活に悪影響が出ることを痛感しました。そう考えた時、メンタルヘルスは

自分らしく生きるための根源

ではないだろうか、と思うようになりました。もっと自分のメンタルに身体同等に意識を向け、自分自身のメンタルの状態を確認し把握することが重要だと気付きました。それは

大切に自分を生きること

になるのでは、と思うのです。

そのためには体調不良の時に薬を服用したり、休養をとったり、あるいは栄養のあるものを食べたりするのと同様に、メンタルヘルスを意識し、戦略的に予防したり、労ったり、しなやかさを保つコツだったりなど、自分に合った心的栄養補給や心的健康管理を実践する

メンタルヘルスマネジメント

が肝心ではないかと思うのです。ここまで考えると、もはや科学的根拠のない今までの我流では不安なので、やはり心理士のような専門家の力を借り、そうした予防技術や手法、心的習慣を享受したほうが安全で安心ではないかと思うのです。身体でいうところの健康診断のようなイメージでしょうか。

趣味に没頭する、親しい人と話す、美味しいものを食べる、カラオケをするなどは、日常の一時的なストレスの発散にはなるかもしれませんが、自分のメンタルと意識的に向き合い、マネジメントすることとはニュアンスが違うと思います。

クオリティ・オブ・ライフやワーク・ライフ・バランスという概念が盛んに言われていますが、それを可能にする土台となるのは、

ボディ&メンタルヘルス(心身共に健康)

ではないでしょうか。当然といえば当然ですが、メンタルヘルスの体制は現状とても脆弱に過ぎると思って止みません。特に国や企業としての取り組みはOECD加盟国の中で日本は十数年遅れています。その証左として、メンタルヘルスの不調による経済的損失は日本全体で2.7兆円にもなるそうです。

働き方が多様化、複雑化する中で、メンタルのセーフティネットとして、心理士などいよいよメンタルの専門家による

【科学に基づいた予防的メンタルケア体制】

の充実が社会全体に必要な時期にきていると、素人ながらに思うのです。

精神科医や心療内科医は何らかの疾患を発症し、それを治療する専門家であって、セーフティネットとしての専門家とは違う気がします。

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愚痴の効用/副作用

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

普段からさまざまなストレスに囲まれて生活する私たちにとって、切っても切り離せない【愚痴】、今回は愚痴についてお話します。

愚痴には、

前向きな愚痴

ただ垂れ流す愚痴

の二種類があることをご存知でしょうか。

誰でも嫌なこと(理不尽、不快、怒り、悲しみ)がなければ愚痴はこぼしません。

その愚痴には、

  • 気持ちを落ち着ける。
  • 気分を切り替える。
  • 口に出すことで頭(あるいは気持ち)を整理する。

という効用があります。これは愚痴をこぼす側からの視点です。

愚痴をこぼされる側の視点で効用を考えると・・・、

  • 何で怒って(不快になっているのかわかることで、その人をより理解することに繋がる。
  • 自身の傾聴力が上がる。
  • 傾聴姿勢を持つことで、その人との間に信頼関係が生まれる。

こういったところでしょうか。

愚痴にはマイナスイメージばかりで、特に男性には『カッコ悪い(みっともない)から愚痴は吐きたくない』という人が多いように思います。世代にもよるかもしれませんが、私のパートナーもまさにこのタイプです(笑)。

確かに、会えば愚痴、口を開けば愚痴オンリー、では疲れるものです。ただ頑張っている人の愚痴(弱音と言い換えてもいいかもしれません)と現状を変える気もなく努力もしていない人の愚痴には、聞く側の気持ちは違うと思いませんか?

「共働きなのに旦那が全然家事を手伝わないのよっ!」という愚痴を例に考えてみると・・・。

毎回イライラを吐き出すだけで改善策(感情的にならず落ち着いて家事分担について話し合う)を講じず、「手伝ってくれない!」という愚痴だけを延々とリピートされるのと、最初は「家事を手伝わない!」という愚痴でも、次に「ちゃんと話をしようとしてるんだけど、『疲れてる』とか『今度聞くから』とか言って話し合いから毎回逃げるんだよね・・・(どうすれば話し合えるかなぁ)」になると、多少前進しているように感じませんか?

同じ話を何の進歩もなく(ないように感じる)、何の努力もしていない(ように感じる)と、愚痴を聞かされる側は疲れてくるものだとわかっていただけましたか?

関係や距離をわきまえず、誰かれ構わず話といえば愚痴や他者の悪口ばかり・・・そんな人もいます。聞いているだけで負のパワーがこちらのエネルギーを吸い取りそうです。一定の関係、距離で、ある程度の信頼関係がないと、愚痴を聞かされる側はその人物の性格や背景がわからないことで、『また(同じ)愚痴か・・・』とウンザリするものです。

先ほど、パートナーは愚痴をこぼさないタイプだと書きました。突然彼がポツポツ愚痴(らしきもの)をこぼすようになったのは、信頼関係がしっかり出来てからだったように思います(それまで数年は要した気がします)。側にいて彼の頑張りを見てきている私は、ようやく愚痴をこぼしてくれるようになったと嬉しく思ったものです。でも、親友以外の相手や馴染みの飲み屋などではまったく愚痴は言わないか、あるいは言いたくない心理が強く働き、それは今でも変わらないようです(笑)

●コップから溢れそうだから、溢れないためにこぼす愚痴。
●コップから溢れてしまった部分を愚痴としてこぼす愚痴。

二つの意味が愚痴にはあると考えています。

私も信頼関係があり、互いの背景がわかっている時には愚痴を言います。一旦立ち止まり頭を整理する、疲れたからリカバリーする・・・ための愚痴ですね。

愚痴を受け止めてくれる存在の、長い付き合いの親しい友人たちやパートナーは、私の今までの経緯や背景をよく知っており、共感と共に聞いてくれます。ただ聞いて共感してくれる、手厳しいアドバイスをくれる、どちらも本当にありがたいと思っていますし、周りに恵まれていることに感謝しています。

彼らも当然愚痴をこぼすことはありますが、ただただ垂れ流すだけの疲れる愚痴ではなく、もがき悩み、何とかしようと努力していることを知っているからこそ、気持ちに寄り添えますし、

共感の気持ちを持ち、その愚痴を“愚痴”とは思わずに話を聞くことができる

のです。

上手に愚痴をこぼせる

これも人間関係に影響します。積極的に愚痴をこぼしていいと思っていますし、そう話をしています。ただ、相手を選び、相手の状況も考慮したほうがいいでしょう。←ここを間違えると“いつも不満だらけで話を聞くのが疲れる人”になってしまいます。もちろん【会話泥棒】なんてもってのほかです。

愚痴=前向きなガス抜き

愚痴≠不満の垂れ流し

ちょっと意識してみませんか。

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ストレスマネジメント【3】補足:リスト化参考例

ストレスマネジメントの3回目で書いた、具体的なストレスマネジメントの方法の例を記載します。

まず、ストレッサー(ストレスの原因)のリスト化の例。

  1. 常に仕事量が多い。
  2. いつも忙しくて時間に追われている。
  3. 上司が忙しく相談できない。
  4. 責任感から人に仕事を頼んだり任せられない

など、上記のようなことが複合的な場合もあると思います。このようにリスト化します。そして深刻度と問題解決の困難度をランク付けしていきますが、例えば、ストレッサーの深刻度を

A<深刻度高> /B<深刻度中>/ C<深刻度低>

にランク分けし、同様に問題解決の困難度を

A<困難度高> /B<困難度中>/ C<困難度低>

に分けます。

迷うところだと思いますがコツがあって、書き出した中から最初に最も深刻度の高いAと、最も深刻度の低いCを決め、残りを割り振っていくと比較的ラクにできると思います。

ストレッサーの例で挙げた1、2は、量的ストレッサーですが、これは会社からの要請のため、個人だけでは解決が難しい、問題解決の難易度が高いストレッサーになります。

4は社内への何らかのアプローチで解決可能な範囲と思われますが、今まで責任感から人に頼むより自分でやったほうが早いし確実だと自分一人で抱え込み、対処してきませんでした。また3も、上司は自分以上に多忙だと知っているために4に比べて問題解決の難易度が高いと判断されます。

こうしてリスト化し深刻度を可視化することにより、そもそもこのストレッサー群は、大元にある業務過多や時間的切迫から派生していることから、解決が困難な我慢するしかない問題だと思っていたのがわかります。

深刻度も解決困難度も低いものから取り組みます。

ここでは4になりますね。

さぁ、コーピングで対処法をできるだけ出していきます。

  1. 同僚や部下に思い切って仕事を割り振る。
  2. 他の事務スタッフに裏方的なサポート仕事を任せて時間を作る。
  3. 有能な部下を自分の下に付けてもらえるよう交渉する。
  4. もう一度部内で仕事の分担を見直す。

など、考えられる対処法を挙げていきます。この中で取り組みやすいと思われるコーピングはどれでしょう?

人の手を借りる1と2あたりが一番現実的で取り組みやすいでしょうか。

出来る出来ないは別にして、例えば、部下や事務サポートスタッフに仕事を割り振るために、今までより30分早く出社して、電話など手を煩わせることがない状況で、彼らに仕事を任せるための準備をおこないます。そして朝のミーティングでは効率よく彼らに指示を出せるように心掛けます(事前に部下や事務サポートスタッフの状況を聞き取り話を通しておくと、よりよいかもしれません)。夕方以降は、残業して一人で片付けることが多かった書類作成や事務処理は、部下や事務サポートスタッフに任せることにより、勤務時間内である程度終わるようになるかもしれません。

夜はそのための残業ではなく、それらを確認し、翌朝にフィードバックするようにしたところ、今までより仕事が効率よく進むようになります。そうすると、多少なり残業時間が減り、早く帰宅できる、時間も増やすことができるかもしれません。

これはほんの一例です。このように進める必要はありません。大事なことは、あなた自身が置かれた状況に即して、

ストレッサーとコーピングを列挙し、それぞれ深刻度と困難度をランク付けして可視化してみる

ことです。