発達障害【ADHD】の困り感〜子供編〜

⚠︎:発達障害は先天的な脳の発達の偏りなので、親の躾や環境、また、本人のせいでもありません。発達障害をややこしくしているのは、無理解、無知からくる不適切な対応などでさまざまな神経症や精神疾患を併発したことによる二次障害といえます。

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

何度かシリーズでもお話している【発達障害】ですが、今回はADHDについて、主に学校生活で表れる困り感についてお話したいと思います。

足が不自由で引き摺りがある、目が見えないから白杖を持つ、などいわゆる目で見てわかる肢体不自由の人に比べ、パッと見てすぐにわからないのが発達障害です。

それゆえ、多動で立ち歩きがあり教室から脱走する、片付けられない、癇癪を起こすなどわかりやすい行動が表れていなければ、本人はもちろん、保護者や学校側もわかりづらいことが多く、中には強引に「何がなんでも全部個性」と言い張る保護者もいます。脳の偏りもまた個性と言えなくもないのでそれはいいのですが、いずれ本人が困り感を自覚した時に苦しむのは子供自身です。

まず以前コラムにも書いたことをおさらいします。ADHDの主な特徴は、

【多動性】【不注意】【衝動性】

の3つです。

●多動性:落ち着きがなく、じっとしていることができない。

●不注意:自分の興味関心がない物事に集中できず、忘れやすい。

●衝動性:唐突に思いつきの行動をとる、順番待ちが苦手。

などですが、これらの特徴とその程度は個人差が大きく、環境や関わりを持つ相手によっても差が見られるので、家庭と学校では様子が異なることもあります。

また、ADHD、ASDに共通する特性や行動もあるので、次に示す行動があるからといってADHDとは限りませんし、ADHDとASDを重複しているケースも多いことを先にお断りしておきます。

ADHDの行動には“気付かれやすい行動”と“気付かれにくい行動”があります。

<気付かれやすい行動>
【多動性】【衝動性】からくる行動で、友人関係のトラブルが中心、周囲を巻き込み大きな問題へ発展することがあるので気付かれやすい。

<気付かれにくい行動>
【不注意】からくる行動で、忘れ物が多く成績不振など、本人や保護者だけが困ることが多く、周囲に迷惑をかけることが比較的少ないため見過ごされやすい。

この、<気付かれやすい行動><気付かれにくい行動>が学校生活でどのような形で見受けられるのかを具体的に見てみましょう。

=気付かれやすいADHDの行動=

【多動性による行動例】

  • 席にじっと座っていられず、常にそわそわしている。
  • おしゃべりが止められない。
  • 意味もなく手足を動かす。
  • 静かにしていなければいけない場面で走り回ったり騒ぐ。
  • 集団行動ができない。

【衝動性による行動例】

  • 感情のコントロールができない。
  • 順番を持てず列に割り込む。
  • 些細なことで大声を出したり暴れる。
  • 勝手に話を始めたり、他の子への質問に答えてしまう。
  • 他の子の邪魔をしたり、ちょっかいを出してケンカになる。
  • 他の子の持ち物に勝手に触ったり、持って行ってしまいトラブルになる。

=気付かれにくいADHDの行動=

【不注意からくる行動例】

  • 学習用具などを机から落としやすい。
  • 興味関心が低いことは忘れてしまう。
  • 忘れ物が多い。
  • 字が汚い。
  • 机の中やランドセル、身の回りの整理整頓ができない。
  • 他の子より、よく怪我をする。
  • 教科により集中できない。
  • 文章を飛ばして読んだり、自分の思い込みで読む。
  • 指示の聞き漏らしがあるので行動が遅れる。
  • 好きな教科と嫌いな教科で意欲の差が激しい。
  • 課題や活動を順序立てておこなうことが困難。
  • テストで似た問題でも点数のバラつきが激しい。
  • 友達との約束を忘れたり約束が重複してしまう。
  • 話しかけても上の空に見える。

【その他の行動例】

  • 姿勢が崩れやすい。
  • 一人で遊んでいることが多い。
  • 友達に避けられている。
  • 日中眠そうにしている。
  • 後回しにするクセ(先送りグセ)がある。
  • 手先が極端に不器用。
  • 気持ちの切り替えがうまくいかない。
  • 知的な遅れはないのに成績が悪い。
  • 好きなことには時間をかけて取り組める。
  • 複雑な運動が苦手で、鉄棒や縄跳び、跳び箱などの上達に時間がかかる。

などがあります。

それでは不注意優勢(気付かれにくいADHDの行動)の場合、子供の学校生活ではさまざまな困り感がどのような場面で、どのように起こるのかを一日の時系列で具体的に見ていきます。

登校時:目にするいろいろなものに意識がいくため、集団の列から外れやすい、周りに注意を払わず歩くため、自転車や人と接触しがち、転びやすい。

朝会:遅刻が多い、眠そう、先生が来る前に他の子とトラブルを起こしている。

授業中:よく物を落とす、教科書や必要なものを頻繁に忘れる。座姿勢が悪い、関係ないおしゃべりが止められず注意される、指示を聞き漏らし行動が遅れ、周りの様子を見てから行動する、単純な計算は得意だがケアレスミスが多い、文章を読んで解く教科は苦手、板書に時間がかかる。

給食:おしゃべりが止められないかボーッとしていて時間内に食べ終わらない。

休み時間:休み時間が終わっても教室にいない、次の授業の準備ができていない。

体育や図工など身体を動かしたり作業する授業:説明を聞いていないため、怪我や失敗が度々起こる、計画を立てて作業ができないため最後まで終わらない、好きなことには集中して取り組むので時間がきても止められない。

掃除:掃除道具を振り回してふざけたり、いろんな場面で雑なので物を壊したりする。

友人関係:他者の話をよく聞いていないため、思いつきで関係ない話をしたり行動する、集団行動ができず孤立しがち、約束を忘れてトラブルになる。

不注意だけでも学校生活がかなり大変そうに見えます。3つの特徴(多動性・不注意・衝動性)をそれぞれの割合で併せ持っているケースがほとんどなので、年齢に沿って至るところでさまざまな困り感が表れてきます。また、行動の多動性は大人になると薄くなる傾向にありますが、行動に表れない見えない脳内での多動は残る人も多いようです。

本人に悪気はなく、気をつけよう、頑張ろうと思ってもできないことがあるのが“障害”で、他者との違いに気付き比較する年齢になった時に、困り感や生きづらさを本人が感じるようになります。

ちなみに、中学1年の息子が確定診断を受けたのは小学4年ですが、それまでは私の違和感や困り感はあっても本人の困り感はあまりなかったようで、息子本人が『何かいろいろうまくいかない』と気付いたのは小学5年、そこからさまざまな場面で学校生活に生きづらさを感じることが多くなったそうです。

このさまざまな場面に表れる行動特性は、人により表れ方も濃さも違い、また、視覚認知に問題を抱えるケースもあるため、対策の取り方も少しずつ変わってきます。

息子を例にとると、書字の苦手さや字のバランスの悪さは、不注意と同時に視知覚認知機能の“目と手の協応”と、眼球運動が大きく関わっており、わかりやすい不注意部分だけの対策を取っても、本人の困り感解決にあまり有効的ではありませんでした。

視知覚認知や眼球運動に問題があると、学習効果が思ったように表れず成績が振るわない・・・ということが起こります。視知覚認知や眼球運動とはどのようなもので、それにより何がわかるのかなどは、視覚認知でお話ししたいと思います。

<運営会社:Jiyuuku Inc.

来年4月から施行される改正児童虐待防止法についての私見

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は近年激増する児童虐待に、とうとう厚生労働省がガイドラインを設け指針案を発表したことについて、私見を書いてみようと思います。

罪のない子供の命を守る、子供の人権を守り個人を尊重するという観点からそれ自体は大賛成ですし、虐待問題は社会全体として重く考えるべき課題だと思っています。イギリスやカナダには公的なアドボケイト制度があります。

アドボケイトとは子供(当事者)の意向に寄り添い、聞き取り、その権利を擁護代弁していくことで、その擁護代弁していく人のことをアドボケイターと言います。海外では弁護士がその役割を担うケースも多く見られますが、日本ではこの取り組み自体が新しく、ようやくアドボケイターの養成に着手したところです。

しかし一方で、今回の指針案の内容を読んで違和感を覚え、考えさせられたのも事実です。

自分の職業云々の前に、私も思春期男子の母親であり、今まで散々子供の教育、躾に悩んできましたし、今もその最中にいます。そして、まだしばらく続くであろうことでもあり、ゲンナリもしています。

実際罰則はないとはいえ、今回の指針案を見ると、かなりの“ダメ”が明記されており、仮にこれを家庭できっちり守り、やり切ろうとすると相当な無理が生じるような気がします。親を辞めたくなる人が続出しそうです。

厚生労働省指針案による

今までは家庭の考えや方針のもと、教育や躾は個々の家庭に委ねられてきました。アメとムチ、という言葉があるように、そのアメやムチをどう使い分け、我が子を躾けていくのか?だった気がします。虐待のガイドラインが設定されたことで、今回『ムチは全面禁止』となるわけです。

我が家ではどうだったのか?を考えてみました。子供に正座をさせたこともありますし、お尻ペンペンもやりました。頭ゴンッ!とゲンコツを喰らわせたことも、結果晩ご飯抜きになってしまった・・・もあります。でも、こぼしながらご飯を食べた、言うことを聞かなかった(広義ではそうなりますが)などの理由ではありません。

自分(子供自身)や他者を重大な危険にさらす可能性のある行為、公序良俗に反したり、他者に重大な不利益や迷惑をかけるかもしれない行為に対しては『じっくりしっかり言い聞かせる』は後に回し、とにかく今すぐに“手をピシャリ”、“頭ゴンッ!”で理解させなくてはいけない場面もあるのではないでしょうか。

親側が不快になる、大変な思いをする、思い通りにならない・・・などの理由で感情をぶつける意味での殴る蹴る、ひっぱたくは明らかに虐待と言えますが、日常的に起こるさまざまなことに対峙し、その場その場で対応していくのは保護者、今はまだもっぱら母親がその役割を担うことが多く、それゆえに追い詰められやすいのも母親です。

虐待したくてする親はいない、私はそう思っています。ならば、実現不可能に近い虐待のガイドラインを作り、あれダメこれダメを設定するよりも、

虐待しそうになるとても苦しく孤立を感じた時に適切な支援をおこなう、毎日必死でいっぱいいっぱいになっている保護者の小さな訴えに24時間いつでも話を聞いてもらえる窓口が、もっともっと身近に必要ではないか

と考えます。一応民間を含めいろいろな電話相談窓口はありますが、とにかく繋がりません。本当に何回、何十回かけても繋がらないのです。

余談ですが、中学1年の息子は重複の発達障害を持っていて、発達性協調運動や眼球運動、微細運動や粗大運動にも問題を抱えています。とても見落とされやすく、表面だけを見ると障害があることさえわかりません。「あなたが発達障害を作ったんじゃないの?」「そんなふうに見えないんだけど・・・。普通じゃない?神経質過ぎ」などなど、無知からくる無理解極まりない人たちにゴリゴリと心を削られてきました。

学校はもちろん、考えうるすべての支援機関と繋がり、専門家の支援やアドバイスをもらっている私でさえ、一歩間違えれば取り返しのつかないことをしてしまったであろう場面が幾度となくありました。それを支えてくれているのは、私自身を取り巻く状況を誰よりも知るパートナー、そして長い付き合いの大切な友人たちです。彼らがいなければ、母子心中してもおかしくなかったと思います。

わからないことはすぐに調べ上げてフットワーク軽くどこへでも出向き、必要とあらば発達障害に関する資格をいくつも取得する私でも、学校や支援機関、行政機関の窓口と手続きの複雑さや煩雑さ、細かな申し送りがなされなかった時の不便さ、もどかしさを知っています。

必要なのは虐待の細かい指針を決め『これを守りましょう』『これはやってはダメです』と親を執拗に縛ることではなく、追い詰められてもいろんな事情で助けの声を上げられない、上げ方がわからない、訴える場所もわからない、ゆえに孤立していく(かもしれない)

育児難民(予備軍)を生まない枠組み

を考えることではないか、と私は思います。

<運営会社:Jiyuuku Inc. ESSAY

毒親 〜 後編:子供は別人格の他者

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

前回に引き続き、毒親についての後編として【毒親に育てられた人の特徴】についてです。その前に、

発達障害やパーソナリティー障害にも重複する特徴があるので、すべての特徴を持ち合わせているからといって“毒親育ち”とは限りません。その傾向が高いと理解してください。

では本題に戻ります。毒親に育てられた人の主な特徴は次のとおりです。

・感情を出さない(出せない)。

・そもそも自分の感情がよくわからない。

・自分に自信がなく自尊心が低い。

・安定した人間関係がうまく築けない。

・緊張状態が続きリラックスできない。

・物事に白黒つけたがる。

・情緒不安定。

・人間不信が強い。

・批判されること、挫折に弱い。

・誰かと関わることを恐れる。

・周りの評価を気にして周囲の期待に応えようとする。

・自分を大切にできない。

・そもそも自分を大切にするということがわからない。

・自己犠牲精神が強い。

・思ったとおりに行動することに罪悪感がある。

・責任転嫁しやすい場合もある。

・自分より親の価値観や意見が絶対、または最優先。

・他者の顔色を窺いすぎる。

・責任感が強すぎる。

・自分で決定ができず他者頼みになりがち。

当たりが柔らかくても毒親という人はいます。例えば「あなたのためを思って」「お母さん(お父さん)にすべてを任せておけばいいのよ」「大丈夫、全部わかってるから」と耳障りのよい言葉を使い、先回りします。それが、子供の意思や考えを尊重しない『やさしい虐待』と呼ばれる毒親です。

血が繋がっていてどんなに濃い間柄であっても、

子供は親とは違う人生を歩む別人格の他者。

心配のあまり、子供のすべてに口出しし制限を設け、親の思ったとおりに道を歩ませるのは、伸びていく子供の自主性を阻み、自己決定のできない他人頼り、他者任せに成長させてしまいかねません。

転ばないようにデコボコ道を平らにし、失敗しないように先回りして環境を整えるなど、親には今までの生きてきたノウハウが備わっているので当たり前といえば当たり前です。もちろん自他共に大ケガや命の危険がある行為は別です。

大事なことは転んだり失敗をした時に、失敗体験になってしまった子供の心に寄り添い、大丈夫という声がけと、「次はこうしてみよう」という気持ちを立て直すためのヒントを与えることです。

一度の失敗で物事の繋がりを理解し、先の見通しが立てられる驚異的な能力を持つ子供(大人でも?)はいません。失敗しないように道を平らにならすことばかりに目を向けず、むしろ失敗して傷つき戻ってきた時に「ほら、言うことを聞かなかったから!」と否定したり「こんなこともできないの?」と跳ね除けるのではなく、「そうかそうか、うまくいかなかったか、悔しかったか(悲しかった、痛かった)ね。大丈夫、次はこうしてみよう(こう気をつけてみよう)」と言ってみてください。

世の中にはピーナッツ親子、一卵性親子と言われる状態の親子が存在します。実際に無意識に子供の思考や行動を縛りつけ、指示を出し、子離れ親離れできない一見仲良し親子。第三者から見るとどっぷり共依存というケースがあります。当人同士がよければいいのでは?と思われがちですが、家から一歩も出ない完全引きこもりで人間大嫌い!でもない限り、人は誰かしらと関わりを持ちながら社会生活を送ることになります。当然本人が生きづらさを抱えたり、関わりを持つ他者に戸惑いや不安を与えてしまう場面に出くわすこともあるでしょう。

もし、親子関係に違和感を覚えたり、自分自身に先に書いた特徴にいくつか心当たりがあり、生きづらさを感じている場合、住んでいる自治体の相談窓口を活用することや保健所または医療機関でカウンセリングを受けることもできます。例えば東京都であれば福祉保健局に相談窓口の一覧が掲載されています。

あなたは、あなた自身で、あなたの人生を歩めていますか?

毒親 〜 前編:大きく4タイプ

メンタル・イデア・ラボの本城ハルです。

今回は前編、後編に分けて【毒親】について書きたいと思います。毒婦という言葉は昔からありますね。

どこかで目にしたことがあるかもしれませんが、なかなか強烈だと思いませんか?この【毒親】という表現。まず、毒親とは一体何なのか?

読んで字のごとく

<子供の成長に悪影響を与える親>

のことです。

どんな親も子供の幸せを願い、“◯◯のように育ってほしい”“◯◯のようにはならないでほしい”と、正解のない子育てに日々奮闘中だと思いますし、実際私もその真っ只中にいるわけです。

この毒親、いくつかのタイプに分かれます。

無関心・無視タイプ
仕事第一主義、自分第一(誤解してほしくないのは、自分を愛し第一に考えることそのものは絶対悪というわけではない)。子供の要求や願望に関心がなく、その気持ちに寄り添おうとしない。

●病的タイプ
思い込みや妄想、認知の偏りからパーソナリティーに問題を抱えている。

●過干渉・やさしい虐待タイプ
過保護という見方もできる。子供の行動に何でも先回りし、いちいち口を出し、子供に『こうすべき』と指示、命令、自分の思い通りの方向へ向かわせようとする。転ばぬ先の杖とは言うが、転ぶかどうかもわかりもしないのに、『転ばないように折れない杖を持っときなさい、それも折れたら困るからより丈夫な杖をスペアで持ちない。万が一転んだ時のために消毒薬と絆創膏も持っときなさい』あるいは『転ばないためにそもそも家から出ないほうがいいよ』のようにオール指示をし自立を阻む。

●アグレッシヴタイプ(高圧的支配)
すぐに感情的になり暴言暴力、思い通りにならないことを力業(ちからわざ)で支配しようとする。過干渉タイプと似ているように見えるが、過干渉タイプが【心配・不安】が行き過ぎた結果の行動であるのに対し、アグレッシヴタイプは【思い通りにならない苛立ちや怒り】がベースになっている。

次回はこうした毒親に育てられた場合、子供の心の発達にどのような影響を及ぼすのかを考えていきたいと思います。